AGRIMEDIA LABOアグリメディア研究所

郊外の水田地帯をリニューアル、企業集積型の「農業団地」が地方を変える!?(後編)

埼玉県北部・羽生市に広がる24haの農地を企業に貸し出す国内屈指の園芸エリア「チャレンジファーム」。立ち上げ当初から企業誘致のコンサルタントとして関わっていたのがアグリメディアです。実際に誘致する際に力を発揮したのが、同社が運営する農業求人サービス「あぐりナビ」がもつ農業法人のネットワークでした。6000法人と直接取引する同社のデータベースの中から拡張意欲の高い100社をピックアップし、農業団地に案内したり、企業向けセミナーを開催したりしたそうです。

後編はアグリメディアの活動によって実際に参入した3社の農場長のリアルな話をお届けします。

建築資材業界から農業に参入した「タカミヤの愛菜」

ビニールハウスが立ち並ぶ農業団地のなかで、ひときわ目をひくのがタカミヤグループの農場「タカミヤの愛菜」です。

一般的なハウスは大きくても2000㎡ほどですが、ここでは1棟目が3024㎡、2棟目は倍近い5960㎡もあります。建築現場でつかう仮設資材や足場の製造販売レンタル大手(株)タカミヤが農業用ビニールハウスに本格参入したのは2014年でした。

「その年の2月に記録的な大雪があって、ビニールハウスがあちこちでつぶれてしまいました。そのときに工場のある群馬桐生市の周辺でも我々に『なんとかならないか』と声がかかったのです。それが参入のきっかけとなりました」(吉田農場長)

タカミヤのビニールハウスの一番の売りは「人命を支える足場パイプを扱って50年」という、設備の強度への揺るがぬ自信です。構造計算や強度試験を綿密に行うので、使用する骨材量を抑えることができ、低コストを実現できます。全国の足場施工事業者との連携実績をいかして施工人材を集めるのも得意。受注から完成までのスピードがタカミヤの強みです。

農場長の吉田剛さんは住宅建設業界出身。農業とは縁がなかったといいます。そんな吉田さんの転機はJAグループの仕事を手がけたことでした。JA全農がJA佐賀、佐賀市と連携して「ゆめファーム全農 SAGA」を建築した際、営業・設計に携わったのです。

「国内最大規模1haのキュウリハウスであり、我々にとって象徴的な仕事でした。とはいえ、ハウスの構造といった話はできる半面、栽培については経験がありませんでした。栽培の知見をもち、農場の実績をもたないとお客さんにしっかりとした提案ができないと考えました」

モデル農場の用地を探すなかで羽生市と出会いました。群馬の工場と東京支社のちょうど中間にあり、高速道路のインターチェンジからも近いという立地は魅力的だったといいます。2019年10月に埼玉県庁で紹介されてほぼ即決、2020年3月には市関係者らの前で参入のプレゼンテーションを行いました。

農業経験はないものの施設建設に携わってきた吉田さんが農場長に就任。農学部出身の社員2名も、近くの有名キュウリ農家のもとで栽培ノウハウを学び、2021年にプロジェクトがスタートします。主要な品目をキュウリ(このほかイチゴ、ミニトマトも栽培)と決めたのは大がかりに参入する事例が少なく、十分に商機があると判断したからです。

「これからは腰を据えて農業にとりくむ」と吉田農場長

「私自身、野菜の営業に回っていますが、つくった分はほぼ確実に売り切ることができます。課題は一定量をいかに安定して長く出荷し続けられるか、です。今期は病気がでてしまい、予定より早く片付けることになりました。ハウスが大きいため、作業効率を上げられる一方で病気が広がると抑えにくいという面はあります」

いい人材を確保するには、年間を通じて安定した仕事をつくり、通年雇用する必要があります。長期収穫を実現できれば農場も軌道に乗っていけると吉田さんはいいます。

「施設を建てているのは借りた面積のまだ半分ほどなので、3年ぐらいかけて拡大していく予定です。私もせっかく入った道なのでこれからは農業をやっていこうと。建築現場や工場と違って生きもの相手ですから難しい面もありますが、大型ハウスの課題を栽培現場で乗り越える実例を作っていきたいですね」

羽生市はキュウリの栽培に力を入れてきた地域でもあります。そのなかでタカミヤは、植えたキュウリ苗の数8200本、260t出荷という意欲的な年間目標を立てています。

本社機能も移転、ハーブの「ポタジェガーデン」

次に紹介するのは各種ハーブを生産する(株)ポタジェガーデン。ハーブ生産では国内有数の規模をもつ法人です。チャレンジファームのオープンにあわせ、集荷出荷センターを兼ねた本社を県内の他市町村からここに移しました。

「今回借りたのは全部農地だったわけですが、他の農場からの集荷やパック詰めなど本社機能も移転させたかったので『一部宅地に転用したい』と相談したら、羽生市が協力してくれるとのことでした。そうした手厚いサポート体制が決め手の1つでした」

そう語るのは代表取締役社長兼農場長の平田智康さん。

これまでは埼玉県の久喜市を中心に農場を展開していた同社。主要なハーブを通年で出荷するため長野県小諸や千葉県の南房総に自社農場を持つほか、北海道から沖縄まで契約栽培農家がいます。いまではそれらをここチャレンジファームに集めて出荷しています。

取り扱っているハーブはバジルをはじめパクチー、ルッコラ、ミント、ディルなど様々です。スーパー向けなど食材として出荷するのが約20品種、ポット苗などでホームセンターなどに卸すのは130品種に達します。

農場長を兼務する平田社長。園芸用の苗の生産にも力を入れている

面積は約6haと進出企業の中で最大です。他社のエリアには最新鋭の環境制御型のハウスが立ち並ぶなか、こちらは農家にとってはなじみ深い「パイプハウス」です。間口5.4m×50mのビニールハウスが現在は45棟あり、いずれ85棟まで増やす予定です。スタッフは農場長の平田さんはじめ栽培を担当する正社員2名、海外からの技能実習生含む収穫メンバー10名でまわしています。

「ビニールハウスは自分たちで建てています。そのほうがフットワーク軽くたくさん建てられますからね。ハーブはすべて土耕栽培です。そのほうがやはり香りがいいですね。ホームセンターなどに出荷する苗も高設ベッドの上で栽培する生産者が多いですが、我々は地面に直置きの手潅水です。いろいろ試してみましたが、こちらの方が土地面積あたりの出荷量は多いとの結果がでました」

ハーブは高単価なイメージがありますが、その多くは栽培が難しい品目ではありません。ポタジェガーデンの強みは「香り」「鮮度」「品揃え」という重要な3要素を年間通じて安定供給できる点にあります。1982年に創業し、日本でまだまだハーブの認知度が低かったころからハーブの流通と普及に取り組んできました。

「いろんな種類のものに取り組んできましたが、主力はやはりバジル、そこにルッコラ、イタリアンパセリと続いてきました。面白かったのはアジア料理などで欠かせないパクチーです。私が入社した2010年ごろには月間3㎏ぐらいの取扱量でしたが、今では週に300kgは必要です。バジルにつぐ第2の主力商品となりました」

発注にあわせて収穫されたハーブは、予冷庫で一晩寝かせて湿度を調整したうえでパック詰めして出荷します。出荷先によっては売り場面積を圧迫しないように細長いパックを採用するなどパッケージのサイズやラベルも要望に応じて変えています。さらに、一般的な野菜のように1箱1品目ではなく、ほとんどのダンボールが複数のハーブの詰め合わせとなっているのも特徴の1つです。品ぞろえが豊富であることがスーパーなどと交渉する際の強みとなるそうです。こうした複雑な出荷を実現させるためには出荷場の整備が不可欠ですが、増改築を繰り返していた従来の出荷場では改善に限界があったそうです。羽生に新設したことで余裕をもって生産性を高めていく方針です。

さらに農業団地に移ってきたことで取り組んでいるのが他社とのコラボレーションです。

「ハーブは主役にはなれない商品である半面、どんなものとも合わせやすいという強みがあります。最近はソーセージ屋さんと組んで商品開発したりしましたが、農業団地にはイチゴのスイーツを扱う法人があることから、ミントと合わせてもいいでしょう。トマトにはバジル、ルッコラ、イタリアンパセリの相性がいいですね。そういう組み合わせでキヤッセ羽生のレストランなどで提供していくのはいいなと思っています」

水田だった土地に土を盛って造成した羽生市のチャレンジファームでは、土づくりが不要な施設栽培が主力となるのは必然ともいえます。そのなかでハーブという特色のある生産に特化した参入は異色でありながら、農業団地全体にとってそれぞれをつなぐハブとしての役割も期待されるところです。

ビニールハウス界の老舗「渡辺パイプ」がイチゴ生産に初参入

日本有数のビニールハウスメーカーとして、黎明期の1960年代から業界を牽引してきた渡辺パイプ株式会社。同社農業生産チームのげんき農場は2004年から千葉県でトマトを栽培してきました。自社栽培の第2弾としてイチゴに取り組むにあたり今回、分社化しました。

農場長の服巻拓さんはもともとビニール、ガラスハウスの営業マンでしたが、新農場開設に自ら手を挙げたといいます。

「実家は佐賀県の農家なのですが、私自身は完全に栽培未経験でした。1年間イチゴ農場で研修して経験を積み、1000㎡の1棟目のハウス生産でなんとか成果を出すことができたので、今年に入り4棟目を増設しています」

イチゴ栽培に取り組んだのは、ビニールハウスメーカーに求められる役割が変化してきたからだといいます。かつてはハウスを単体で提供する専門業者でしたが、技術革新に伴い潅水、暖房、環境の各システムに加え、それらを実際に使いこなして栽培面で成果を出すソリューションも一体提供しなければ顧客ニーズを捉えきれなくなってきているそうです。実際に自社で証明した実績・データをもとに、そのモデルを普及させる方法がビニールハウスメーカーの間で一般化してきているのです。

「当初、千葉県で農地を探したのですが、地権者が分散しているなどの理由で、まとまったいい土地が見つかりませんでした。その点、ここは羽生市が窓口となって参入後のサポートをしてくれる。インターチェンジが近い点も魅力でした。ここの話を聞き、すぐにお願いすることにしました」

 

母体となる渡辺パイプの企業規模は大きいものの、ここで実際に運営にあたる社員は3名にすぎません。栽培を担いつつ、手探りで売り先を開拓していったといいます。コロナ禍の間は売上の半分を自社の産直サイトで販売、残る半分をキヤッセ羽生と近隣のスーパーでさばいていました。それ以外に、冷凍いちごをつかったかき氷「いちご贅沢けずり」をキッチンカーで販売するなど、廃棄ロス軽減にも取り組んでいます。

「このハウスは8角形のパイプを使って強度を保ちながら、パイプ自体は少なくして日照をよくしています。最新型で品質的には自信をもっておすすめできる一方、一式そろえるのに2000㎡で7000万円ほどの初期投資が必要です。生産者にしてみればそれだけの投資を回収できる生産ができなければならないわけです。現状1000㎡あたり1000万ほどの売上を出せていますが、さらに売上を伸ばしコストを下げる実績をつくらないと説得力はありません」

最新型のハウスの特徴を備えた八角形のパイプ

自ら実践してみることで改善点を探り、新たな商品開発につなげる。服巻さん自身は自分自身の将来を「生産者」としてとらえているわけではなく、システム設計やあるいは営業畑に戻る可能性も十分あると考えています。

「今、研修料をいただいてノウハウを伝えたり相談に乗ったりという『トレーニングセンター』という取り組みを始めています。就農希望者に実際にこのハウスのシステムで研修してもらい、実際のハウス建設計画までサポートしていこうと考えています」

栽培技術の確立だけではなく現場の人材育成も「渡辺パイプ」が提供するワンストップサービスの一環となっているといえるでしょう。ビニールハウスメーカーとして老舗のブランド力を生かして研修生を受入れ、全国に有力な生産者を輩出していくことになれば、羽生市と全国の生産地とのつながりが生まれていくかもしれません。

デザイン・編集担当

浅沼美香(あさぬま・みか) デザイン事務所で15年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。その後はフリーランスとして一般企業などから製作業務を受託する。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。

◇アグリメディアは企業や自治体との協業、コンサルティングを推進しています。お気軽にご相談ください◇

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