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いつまで農地を潰し続けるのか

農地を潰し、ハコモノやインフラに姿を変える「農地転用」がじわりと増えている。転用面積はここ10年で3割増とハイペースだ。もちろん、列島全体が開発ラッシュにわいた昭和のピーク時には及ばないとはいえ、昨今重要性が高まる食料安全保障の考え方とは明らかに逆行している。厄介なのは、人口減少が進んでいるにもかかわらず、目先の利益のために農地潰し・ハコモノ推進をいっそう加速させようとする地方首長や業者の存在だ。農地保護の旗振り役であるはずの農林水産省も対処できていない。農地をめぐる社会問題といえば、耕作を辞めた土地が荒れる「耕作放棄地」に目がいきがち。農地が他のモノに姿を変える農地転用にも目配りしなければ、農業振興は掛け声倒れに終わる。

農家の訴え

「うちの畑がある千葉県成田市ではいま、農地バブルが起きている。どんどん買収されていく。買収価格は1反(注:1000㎡)3000万円だそうだ。我が家にも東建コーポレーションの営業マンが来た。うるさいから来るなと言ったんだ。本来、農地は耕作者主義できた。いつから農家の財産になったのだ。このままでいいのか。農地転用をできなくする法制度が必要だ」

3月29日、東京霞ヶ関にある農林水産省6階の会議室。全国有機農業推進協議会の下山久信・理事長の悲痛な声が響いた。これに対し、農水省の小林大樹・大臣官房政策課長ら居並ぶ農水官僚は下を向くばかりだった。

下山氏は農協(JA)を退職後、みずから農事組合法人を立ち上げた人物。80歳を目前に控えたいまも農業現場にたつ。この日は見直し作業中の「食料・農業・農村基本法」に関し、農家ら関係者と農水省幹部が一堂に会して意見交換をおこなっていた。一農家がここまで危機感をもたなければならないところに、農地転用がかかえる根深い問題がある。

農地がもつ2つの顔

農地転用を考えるには、まず、農地とはいかなるものかを定義する必要がある。真っ先に浮かぶのは、食糧を生産する土地、ということだろう。法律用語にのっとれば「土地に労費を加え肥培管理を行った作物を栽培する場所」となる。ようするに、手間暇やお金をかけて肥料をあげたり、草刈りなどをして作物を栽培する田んぼや畑が農地なのだ。私たちの糧を生み出すきわめて重要な場所といえる。

もう1つ、住宅や工場といった他産業の用地、という顔ももつ。日本にはアメリカや中国のような広い土地がない。農地を潰して住宅や建物を建てることで、街を形づくってきた。歴史的にみて、市街地とよばれるエリアは例外なくそのような経緯をたどっている。ずばり、農地転用とはこの営みをさす。

右肩上がりだった時代、農地転用は成長のエンジンだった。農村出身の若者が都市に大移動し、都市近郊の農地は軒並み宅地に姿を変えた。筆者はその意義を否定しない。ここで問いたいのは、いつまでも20世紀的なやり方を続けていて本当にいいのですか、いずれ農業分野にとどまらず社会全体に負のインパクトをもたらすのではありませんか、ということだ。

加速する農地転用

農林水産省が公表するデータをみてみよう。直近の2020年の農地転用面積は1万6065ha。東京ドームに換算すると3492個分に相当する。2010年の転用面積が1万2261haだから、この10年間で3割も増えている。転用先をみると、住宅が21%(3387ha)。関東地方に限ると住宅比率は33%(1025ha)まで上がる。都市近郊にある農地が宅地に変わっていく様子がわかるだろう。駐車場・資材置き場は14%(2230ha)、太陽光発電パネルなど再エネ発電設備は11%(1711ha)とこちらも比率が高い。

ここで、冒頭に示した下山氏のエピソードに戻る。下山氏が農地をもつ千葉県成田市はいま、空前の転用ブームにわいているのだ。

「非常によい結論。われわれの提案を農水省が認め、十分な配慮をしていただいた。成田空港周辺の特殊性を認めた全国初の規制緩和で、われわれにとってはスペシャルだ」。2月2日、千葉県庁。記者団をまえに熊谷俊人知事は上機嫌だった。無理もない。成田空港の機能強化に向け、空港周辺9市町の交通の要衝付近にある農地を物流施設などに転用しやすくする土地利用規制の緩和が農水省に認められたからだ。下山氏のもとに東建コーポレーションの営業マンが日参するのも、この規制緩和による開発期待がある。

一方、農業界への負のインパクトは大きい。成田、富里、香取、山武、栄、神崎、多古、芝山、横芝光の9市町は国内有数の農業地帯で、2021年の農業産出額は合計で1009億円。三重県や徳島県の1県全体の産出額と肩を並べるほどだ。9市町が生み出す作物は首都圏の食卓を支えているといっても過言ではない。転用がすすむと、もちろんこれまでのようにはいかなくなる。

物流倉庫、そんなに必要?

ここで検証すべき点は2つある。開発の観点からみてこの農地転用に意義があるかどうかが1つ。2つめは県の要望に対して農業分野の監督官庁がどのように対応したかだ。

千葉県は9市町を促進区域として、物流分野で国際的な産業拠点を目指す方針をかかげている。これに対し、ある国際物流を担う上場企業の中堅幹部はこう証言する。「航空機で運ぶ貨物は性質上、医薬品や精密品など小さなものばかりで、物流倉庫を建設するにしても決して大きな面積は必要としない。物流の観点だけでは、9市町にもまたがって転用規制を緩める必要性は説明できない」。経済の世界では期待という考え方が重視される。おカネは将来の期待に対して流れていく。地価や株価が上がったり下がったりするのもこの期待によるものだ。千葉県のプロジェクトは実際の物流ニーズよりも、あきらかに期待が先行しているのではないか。実態と期待がおおきくかけ離れる経済現象はバブルと呼ばれ、日本は30年前に痛い目にあった。

権限を失う農水省

農水省は千葉県のプロジェクトに当初、反対していた。千葉県が国家戦略特区とよばれるスキームを使って転用規制の緩和を求めていたからだ。特定のエリアだけで規制を緩める国家戦略特区は、安倍政権を揺るがした森友・加計学園の問題でも制度の不備が浮き彫りになっていた。有力者が恣意的に規制を変更できる特区を認めてしまうと、同様のケースが全国に広がりかねないと農水省は懸念した。ただ、あくまで転用規制の緩和にこだわる千葉県から、異なる法的枠組みでの決着を求められると、最終的には折れざるを得なかった。

農水省内の空気を探ると、今回の一件に対し、忸怩たる思いをもつ様子が感じられた。それはそうだろう。農地の保護をミッションとする農水省にとって、けっして胸を張れるものではないからだ。政策担当者からはこんな恨み節が漏れた。

「地方分権の名のもと、農水省は権限を失ってきたんですよ」

政府は2015年、農地転用の許可権限を地方に移した。それまでは4haを超える大規模な農地は農水省が許可するしくみだったが、農相と協議すれば都道府県知事が許可できるように改めた。一定の条件を満たして農水省の指定を受けた市町村も都道府県とおなじ権限をもてるようになった。ここにきて農地の転用が加速した背景には、地方分権という名の一連の規制緩和がある。

農地を守る母体とは?

たしかに、地方のことは地方が決める地方分権は重要だ。だが、すべての政策にあてはめてよいかどうか。こと農地の保護にかぎっていえば、筆者からみれば、この国には主体性をもった母体はもはや存在しないように映る。

関東地方のある自治体の農政課職員は議会シーズンになるたび、胃痛に悩まされる。家業が土木建設業の有力議員に、利益誘導色の濃い露骨な要求を突きつけられるためだ。この職員は中心市街地で空き家が急増するいま、郊外の農地を転用して宅地化する意義は薄れていると考えているが、その思いを吐露しようものなら、宅地造成で財をなす有力議員からどんな意趣返しをうけるかわからない。

農家の集合体であるJAグループはどうか。JAグループは金融事業を稼ぎ頭にしている。貯金残高は100兆円規模で個人預貯金の個人シェアの10%を握る巨大な金融機関でもある。ある東海地方のJA職員は、組合員に農地転用を説いてまわる日々をおくっている。最近、とある組合員に億単位の農地売却益を貯金してもらうことができ、上司から表彰をうけた。組織の建前と真逆のしごとをしている自覚はあるが、家族を養うためと自分にいいきかしている。

産業の構造や地方自治のしくみ、もっといえば人々の価値観、法体系を含めた社会のあり様が農地を守るようになっていない。食料自給率の向上はスローガンでしかない。

目指すべきはフランス

農地政策にかぎれば、筆者は、中央集権的な規制を強化すべきと考えている。地方任せのままでは、うまくいくイメージはもてない。農水省は基本に立ち返り、転用に関する規制を大幅に強めてほしい。いまの法制度では生産性の高い農地でも「除外」(じょがい)という手続きを踏めば転用できる。こうした抜け道をなくし、農地を守るというシンプルな姿勢を打ち出してほしい。

参考になるのは、フランスだ。

フランス政府は数年前、「2050年に土壌の人工化をゼロにする」という、大胆な長期目標を打ち出した。土壌の人工化とは、山林の開発や農地の転用によって、住宅、店舗、インフラ、公共施設などが整備される状態をさす。土壌がコンクリートやアスファルトにおきかわることで、生物多様性の喪失、地球温暖化の加速、洪水リスクの高まり、食料生産地の減少といった課題が顕在化してきたことが背景にある。

フランスのエネルギー移行省はこう説明する。「都市化のモードに最大の警戒をもたらし、すでに都市化されたセクター (空き家、産業または商業の荒れ地など) の再利用を可能な限り優先することです」。ようするに、空き家をリノベしたり、老朽施設を潰して更地にしたうえで新しい建物をつくったりする社会に変えていこう、まっさらな土のうえに建物をたてる社会とはサヨナラしよう、と宣言しているのだ。

もちろん、関連業者にとって影響は避けられない。毎年、山林・農地の2万ha程度で人工化がすすむフランスでは、この営みで生活するひとは少なくない。移行期間として、2021~2031年の間に、山林や農地のスペース消費を半減させる中間目標をもうけた。

それでも、先にあげた21世紀的な課題の克服のため、土壌の人工化に歯止めをかけねばというのが、フランス社会の意思だ。日本社会にどっぷりつかった筆者にとって、まったくもって驚くほかない。

この問題は農業という一分野にとどまる話ではない。環境、建設、産業、雇用をはじめとした幅広い領域にまたがるテーマであり、国のあり方そのものにかかわっている。まだ間に合う。農地を守る社会の実現にむけ、私たちも行動していくべきではないだろうか。

記事執筆

中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。水田の畑地化プロジェクト、農業参入企業へのコンサルティングを推進。現在はアグリメディア研究所の代表として食農分野に限ったコンテンツを集積させる「農業型街づくり」の旗振り役を務める。長野県諏訪市在住、つくった野菜は直売所に販売する色黒農夫。

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