農地が宅地や工場に姿を変える「農地転用」の問題。
各地でバブルが生じているのは以前お伝えした通りだ。
なぜなのだろう。どのような人々がどんな思いですすめているだろう。
メカニズムをひも解いていく。
経済産業省の狙いとは
農業政策をつかさどるのが農林水産省なら、産業政策を担うのは経済産業省だ。この2つの省は、官庁が集中する東京・霞が関において、道を挟んで隣り合う関係にある。
農地転用は、この近くて遠い2省の利害が真っ向からぶつかり合うテーマでもある。
経産省は5月末、HP上に1枚の資料を掲載した。「産業立地政策について」という19枚の資料だ。
主張は明快。「日本はいま、工場がどんどん建つトレンドに入っているのに、用地が足りない。農地転用の手続きを迅速化すべきだ」と訴えている。
背景にあるのが、地政学リスクの顕在化だ。
ロシアによるウクライナ侵攻やアメリカと中国との経済覇権争いにより、グローバル展開をすすめていた日本企業は急速に国内回帰をはじめている。
コストの安いアジアで生産することで成長してきたアイリスオーヤマは、佐賀県鳥栖市など国内工場でプラスチック製の容器を製造すると決めた。JVCケンウッドはカーナビゲーションの生産拠点をインドネシアから長野県伊那市の工場に移した。
経産省は、こうした企業の受け皿となる産業用地が国内で不足していると指摘する。とくに、面的にまとまっている優良農地に狙いを定めている。
この「農地転用について」というページは経産省のスタンスを示す。農地転用のハードルがいかに製造業誘致の妨げになっているかを強調するあたり、焦燥感は並々ならぬものがある。
「工場跡地」ではダメなのか?
ここで検証すべきは、経産省の主張の妥当性だ。
まずは製造業の国内回帰については率直に評価すべきだろう。雇用の安定や地域の活性化が期待できる。食農ビジネスの振興をミッションとするアグリメディア研究所としても歓迎すべき動きだ。
論点になるのは、果たして優良農地のほかに産業用地が存在しないのかどうか、という点だ。さまざまなデータから、経産省の主張を検証してみる。
上のジェットコースターのようなグラフを見てほしい。国内工場の敷地面積の推移を示している。2008年に発生したリーマンショックを機にあらゆる業種で落ち込んだことがわかる。アメリカ発の危機は、世界経済に大きなダメージを与え、工場を閉鎖する企業が相次いだ。
2011年秋には1ドル75円という超円高を記録。国内で製造し、モノを海外に輸出していた日本企業を直撃した。当時、日本経済新聞社の機械産業担当記者だった筆者は「アジアに工場移転、円高を嫌気」といった記事を連日のように書いた。
筆者がここでいいたいのは「国内回帰する製造業の受け皿は、農業生産にダメージを与える優良農地の転用ではなく、使われなくなった工場の跡地に目を向けるべきでは」ということだ。
もちろん、再利用の動きはある。大阪府にあったパナソック門真工場の跡地に三井不動産のショッピングセンターができたケースなどは好例。だが、上のグラフはそんな動きが限定的である現実を映す。毎年発生する工場跡地の半分以上(緑色の部分)は「用途が未定」なのだ。ようするに、閉鎖した工場の多くがそのまま(あるいは更地)の状態でたなざらしになっている。
長野県は工場の跡地をホームページで検索できるようにしている。それによると、東洋紡大町工場の跡地が写真のように更地のままになっている。広島県呉市では東京ドーム31個分に相当する日本製鉄の瀬戸内製鉄所呉地区が今秋に閉鎖となるが、次なる用途は決まっていない。
こうした用地を国内回帰組の受け皿としませんか、というのがアグリメディア研究所の提案だ。
経産省の資料は工場跡地の利用に関する言及が少なく、農地転用にスポットライトがあたりすぎている。
すでにあるものを使う社会に
もっとも、経産省からこんな反論をうけそうだ。「工場はさまざまな有害物質を使っており、更地にしたり無害化したりする処置には莫大なコストがかかる。跡地利用はそう簡単ではない」といった具合に。
これに対し、筆者はこう答えるだろう。
使われなくなった工場をふたたび工場として再利用する技術の開発を国策としてすすめてほしい。それこそ、日本発の21世紀的なイノベーションになるのではないか。土木や土壌洗浄など求められる技術は多岐にわたるはずだ。
加えて、工場跡地に関する情報の開示を充実させるべきだ。先に紹介した長野県のような事例はまだ少ない。情報が足りなければ工場建設を希望する企業も検討しようがない。
結局、有象無象の工場跡地の再利用よりも、手っ取り早く条件に合いやすい、整備コストが安いといった理由で優良農地が工場に姿を変えているのが現状だ。整備コストがネックになるなら、工場跡地に入る企業を対象とした補助金を用意してもよいと思う。
いずれにせよ、すでにあるものを優先的に使う社会になってほしい。
優良農地は農業生産を支える大黒柱であるだけでなく、生物多様性や洪水防止の点からも果たすべき役割は大きい。
経産省には幅広い視点で政策を考えてもらいたい。
記事執筆
中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。水田の畑地化プロジェクト、農業参入企業へのコンサルティングを推進。現在はアグリメディア研究所の代表として食農分野に限ったコンテンツを集積させる「農業型街づくり」の旗振り役を務める。長野県諏訪市在住、つくった野菜は直売所に販売する色黒農夫。
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