AGRIMEDIA LABOアグリメディア研究所

食料安全保障が意識される今こそ「ダーチャ」を知ろう、いざに備えた暮らし方

世界がきなくさくなっている。戦争が現実のものとなり、私たちの暮らしを揺さぶりはじめた。ここにきて注目を集めているのが、「食料安全保障」(以下、食料安保)という考え方だ。島国ニッポンが紛争に巻き込まれ、海外との交易が滞ってしまったとき、私たちは食べていけるのか。備蓄は大丈夫なのか。アグリメディア研究所は、食料安保を考えるうえで、1つのライフスタイルを示したい。皮肉な話だが、政情が不安定な国の市民ほど、真面目に食べ物と向き合っている。

ロシアに「ダーチャ」という住まいがあるのをご存じだろうか。日本語に訳せば「農園付き別荘」で、都会のひとが週末や長期休暇を利用して気軽に行き来する。日本にある「クラインガルテン」(滞在型市民農園)とほぼ同じと思えばいい。寝食できる建屋に農園がセットになっており、利用者は家族らとのんびり過ごす。

写真はイメージ

驚くのは裾野の広がりだ。少々古いが、こんなデータがある。

「首都近郊のモスクワ州の場合、全世帯の3分の1が菜園を所有している。ロシア国家統計局の2003年のデータによると、国内3400万世帯の8割が菜園をもつか野菜づくりの副業経営を行い、同国のジャガイモ生産量の92%をまかなう」(東京新聞2004年4月15日)

なんとすごい自給自足ぶりだろうか。この国の統計数字にはいまいち信が置けないとはいえ、自分の食べ物は自分でつくるというスタイルが市民の間に定着しているのは確かなようだ。ダーチャを紹介した書籍「ダーチャですごす緑の週末」(WAVE出版、豊田菜穂子著)から、いくつかエピソードを拾ってみよう。

サンクトペテルブルク園芸家協会のアンドレイ・リャフ氏はこう話す。

「そもそもダーチャが普及するようになったのはヒロシマ・ナガサキへの原爆投下がきっかけです。核の脅威にさらされた冷戦時代が始まり、政府は万が一、モスクワなどの都市部に原爆が落とされた場合を想定し、爆心地から100キロ以上離れたところに避難すれば安全だろうと判断しました。こうして1950年代、郊外への道路が建設され、ダーチャが急速に発展したのです。ペテルブルクでは人口約400万のうち、210万人がダーチャを所有しています。うち年間を通じてダーチャに住む人が8~9%。その多くは年金生活者です。ペテルブルクはもともと湿度が高いうえ、街なかは空気が悪く、健康にいい環境とはいえません。ところがダーチャできれいな空気を吸って、よく働きよく食べ、活動的な生活を送れば、男性は80歳、女性は90歳まで長生きできる。ダーチャはいわば薬なんです」

極端な事態を想定しているが、同時に真理もついている。食料自給率が4割をきる日本に住む身からすれば、耳が痛い部分がある。これが戦争と隣り合わせの国、ロシアの現実なのかもしれない。

広大な土地があるロシアには「余った土地は貸さなければならない」という法律がある。連邦法第3条4項がそれ。「都市定住者に常住地登録をしている市民には、国家および地方自治体の所有のもとにある地所は、空いている地所がある場合に、個人副業経営の遂行のために提供される」。ようするに”空いている土地は農園として利用してね”と国がいっているわけだ。日本のように手厚い医療サービスを全国民に提供する代わりに、農園付きライフスタイルの推奨を社会保障政策の一つと位置づけているのかもしれない。

ソ連崩壊後の混乱のさなかの1996年にダーチャを手に入れたレーナさん一家のライフスタイルを紹介しよう。レーナさん一家は2.2m×6mの小屋をコツコツと手入れすることで、住みやすい環境を整えていった。トイレ、車庫、階段をつくり、入口にはひさしをつけた。畑に植えられているニンジン、ジャガイモ、ビーツ、キュウリ、ズッキーニ、ピーマン、カボチャ、パセリ、フェンネル、長ネギ、イチゴ、スグリ、リンゴ、プラム、チェリーはいずれも無農薬だ。レーナさんは取材にこう答えている。

「孫もダーチャに来ると病気ひとつしません。裸足でビニールプールに入ったり砂場で遊んだり、川で泳いだり、のびのびと遊んでいるわ。モスクワではソーセージを食べただけでアレルギーが出るのに、ここではベリーを洗わないでそのまま食べても大丈夫。それに近くに農場があるので新鮮なヤギのミルクも手に入るし、食料品店にはおいしいパンやチーズ、肉、それからエビまで売っているのよ」

写真はイメージ

読者の皆さんはこうした暮らしぶりをどう思われるだろうか。

ロシア革命、ナチスドイツとの戦争、西側諸国との冷戦、ソ連崩壊、1990年代のハイパーインフレ、チェチェン紛争、そしてウクライナ紛争。ロシアはこの100年、たび重なる政変、戦争、経済危機に見舞われてきた国でもある。その都度、この国で暮らす人々は翻弄され、「自分の身は自分で守る」という当たり前の意識が自然と備わったのかもしれない。

もちろん、今回の戦争が容認できないのはいうまでもないが、地に足のついたこの国の人々の暮らしぶりから私たちが学べる面は少なくないように思う。

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中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。遊撃的に守備範囲を変えつつ、農業参入企業へのコンサルティング、自治体や大企業との農ある街づくりプロジェクトなどを推進する。現在は新規事業を企画・実行する部署のマネジャーとアグリメディア研究所所長を兼務。長野県諏訪市在住。

◇アグリメディアは企業や自治体との協業、コンサルティングを推進しています。お気軽にご相談ください◇

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