食料自給率は私たち一人ひとりの問題だ

インタビュー・コラム 2022.06.18
中戸川誠
中戸川誠

「自給率」と聞いて連想するのは、食料とエネルギーではないだろうか。

どちらも生命に欠かせない重要なライフラインであり、輸入依存度の高さも共通している(直近のカロリーベースの食料自給率は37%、エネルギー自給率は11%)。

だが、決定的に異なる点がある。

エネルギーは、国民一人ひとりに自給率を左右する権限がほとんどないのに対し、食料は国民一人ひとりの行動こそが自給率を動かしている点だ。

どういうことか。

読者のみなさんはこんな会話を交わしたことがあるだろうか。

「車に入れるガソリン、サウジアラビア産よりアラブ首長国連邦産の方がエンジンが快調なんだよね」

「ロシア産天然ガスでできた電気が嫌になったから、富山・黒部ダムの水力発電所でできた電気に変えようと思うんだよね」

筆者は聞いたことがない。というか、私たちはこうした選択肢を与えられていないので、こんな会話をしようにもできない。

油田の開発や発電所の建設など、エネルギーは生産・加工・流通に莫大なコストがかかるため、あらゆる決定権限は国や大企業といった大きな主体のみが持つ。

かたや、食料はどうか。

「今晩、ゲームをしながらフルーツを食べたいな。フィリピン産のバナナと和歌山産のみかん、どちらにしよう」

「お、オージービーフが美味そうだな。国産和牛も捨てがたいし、悩ましいな」

こちらは日常的ではないだろうか。エネルギーと食料は重要なライフラインという共通点はあるものの、「国民参加率」に大きな違いがある。食料は全員参加型であり、私たち一人ひとりが日々、主体的に意思決定している。

もちろん、家畜用飼料や小麦の輸入依存、農産物関税の引き下げなど、私たちの手には届かない政治・外交マターは農業にも存在するが、エネルギーに比べれば一人ひとりがコントロールできる範囲はより大きい。

【食料危機と自給率】

小麦やトウモロコシの一大輸出国だったウクライナで戦争が始まって4ヶ月。世界で食料危機が現実味をおびている。ロシアがウクライナ沿岸を封鎖した影響で、アフリカなど食料の純輸入国は、小麦をはじめとした生命維持に欠かせない穀物を調達しにくくなっている。「危機の際は自国優先」とばかりに、インドやブラジルなどは食料の輸出制限に踏み切り、国際社会の緊張感は高まっている。

連鎖するかたちで食料価格の高騰に見舞われる日本でも、「低すぎる食料自給率が問題だ」という議論がまきおこっている。参議院選でも争点になりつつある。

政府はカロリーベースの食料自給率目標を45%に設定しているが、年々遠ざかり、直近の値は37%まで落ちた。アグリメディア研究所はこの水準に危機感を持っている。

だが、あえてここで食料自給率の根本を揺さぶる問いかけをしてみたい。

食料自給率を「純然たる農業問題」と矮小な視点で捉えていないだろうか。

【農水官僚の本音】

筆者は数年前、農林水産省の幹部と食料自給率について話していたとき、こう言われたことがある。

「食料自給率って、評価しづらい指標なんですよ。たとえば食料自給率が40%ならば、国内で消費されている食料のうち60%は輸入に頼っているってことですけども、農水省はこの消費をコントロールできないから、政策をうっても自給率にインパクトを与えられないんですよ」

さらっと語っているが、見逃せない発言だ。意訳するとこの幹部はこういうことを言っている。

「農水省は農業者のための官庁なのであって、国民全体の消費行動を変えられる官庁ではない」

この農水官僚の、あきらめの心境に似た本音は、思うようにならない食料自給率の真理をついている。

農業者人口は国民全体のわずか1.2%にすぎない。農水省を含めたこの層がいくら「耕作放棄地を減らそう」「日本の農業に競争力を」と訴えたところで、残り98.8%の人々が、農業の現状を自分の事と捉え、毎日3食の行動を変えない限り、決して「山」は動かない。いまの食料自給率は国民全体のライフスタイルがもたらした結果だ。

【未来の食料自給率は】

最後は明るい話題で締めくくろう。

今年4月から、国内で製造された加工食品の原材料について、産地表示が義務づけられたのをご存知だろうか。

加工食品で使われている食材のうち、重量割合1位の材の産地を明示しなければならなくなった。

加工食品といえば、グローバルなサプライチェーンで食材をかき集め、最終形態に仕立てるケースが多い。これまでは基本的な情報がブラックボックスだった。

様々な情報をもとに「よい」と思った食品・食材には、しかるべき対価を支払い、しっかり産地に還元する。こうしたサイクルによって国産を手にする人が増えたとき、日本の農業はまちがいなく前進する。(了)

〈筆者〉中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。農業参入企業へのコンサルティング、自治体や企業との農ある街づくりプロジェクトを推進。現在は新規事業を企画・実行する部署のマネジャーとアグリメディア研究所所長を兼務。

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