農林水産省が昨年公表した新しい農業の指針「みどりの食料システム戦略」のなかで、とりわけインパクトが大きいのが「2050年までに有機農地面積を全体の25%に」という目標だろう。もっとも、足元の有機農地面積は0.5%ほどにすぎず※、道のりは遠い。
居酒屋チェーンなどを展開するワタミグループは2002年に「ワタミファーム」を設立、辛抱強く有機農業に取り組んできた”先駆者”だ。日本の有機農業の未来、課題をどう見ているのか。ワタミファームでの勤務経験をもつアグリメディア研究所・客員研究員の小野淳が、同社のキーパーソンを直撃した。
「みどりの食料システム戦略」を、どう受け止めましたか?
小野
大変ご無沙汰しています!実は私が農業を始めたのもワタミファームで、2005年に千葉県の白浜農場に勤務したのですが、岡田さんはその時の先輩で、いろいろ教えていただきました。当時は会社でサラリーマンとして農業をできるところがごくわずかだったので、グループ内の転属だけではなく中途でもいろんな人材が入ってきていました。退社した人も多いですがそれぞれ新規就農したり、農業関係の事業を続けたり、いまでも農業界で頑張っていますよね。
岡田
なつかしいですね。私もずっと現場で、京都の京丹後農場、大分県の臼杵農場と新規農場の立ち上げに農場長として取り組んできました。今では本社で経営管理などに携わっており、まさに今回の「みどりの食料システム戦略」について、ワタミグループとしてあるいは各農場としてどう関わっていくのか企画立案しているところです。
小野
有機農業の現場に15年以上従事されてきた立場で今回の農林水産省の戦略をどう受け止めましたか?
岡田
最初に目にしたときは実現性を考えると懐疑的な面もありました。
でも、数値目標が売上や出荷量ではなく面積という明確な基準であることはとても良かったと思っています。そもそも私たちワタミグループとして長年推し進めてきた有機農業の普及という理念に合致していることを考えますと、積極的に関わっていくべきだなと。
農林水産省には、私たちの実績をもとに赤裸々な数値を含めた報告書を提出し、いくつか具体的な要望を出しています。
有機農業の
組織的な拡大のポイントは?
小野
有機農業の組織的な拡大という意味ではワタミファームが最もモデルケースとなるはずですね。実際どのような要望を出したのでしょうか?
岡田
簡単にいいますと、生産者に対して有機農業への転換を促すというより、「流通そのものを変えてほしい」という要望です。
現実として日本の農業の1%にも満たない流通規模なわけですから、そこの受け皿が大きくならなければ意味がない、逆にそこさえ大きくなってくれれば生産者はついていくわけですから、有機農業は広がるはずです。
小野
実際の施策をご覧になってどんな感想を持っていますか?
岡田
1月の補正予算で出てきた「有機農業推進総合対策緊急事業」は買い手となる食品、流通事業者に向けて新規で有機農産物を取り扱った場合、補助金が出る内容となりました。
ただ、一言付け足すならば、あくまで新規で取り組むところに向けた補助金なので、今まですでに取り組んできたところに向けての支援にはならないのが残念です。
私たちは長年自力で取り組んできていることなので、そこに対してはもう少し配慮してもらいたいとは思っています。
小野
確かに既存事業者にしてみると、新規参入者に対してのみ補助金を配る手法には違和感があるでしょうね。加えて今回、有機農業の定義についても適用範囲を拡大する姿勢を農水省がにじませています。確かに取得に手間とコストがかかる有機JAS認証の存在によって、有機農業が広がらなかった側面がある一方、コストをかけて有機JAS認証を取得した生産者にとってはハシゴを外された印象があるかもしれません。
岡田
ワタミファームでは基本的に有機JAS認証をほとんどの圃場でとるようにしています。「ワタミオーガニック」というブランド名で野菜を販売し、加工品などに取り組む以上、明確に有機JAS認証でなければならないと考えています。
ただ、岩手県陸前高田市に開園した大型の農テーマパーク「ワタミオーガニックランド」については、東日本大震災の津波で流された場所に3mほどの盛り土をして農場として整備したもので、開墾が始まったばかりです。ここでは有機JAS認証とするよりも、地域の有機物の循環にフォーカスした「SDGs基準」を作っていこうと、東京農業大学と共同研究をしているところです。
有機農産物の定義については、有機JAS認証の取得のハードルを少し緩和してもいいかなと思う一方、世界標準に合わせていかなければならないでしょうから難しいところですね。
オーガニックランドを拠点とした地域資源の
循環モデル構想→大きな画像で見る
小野
流通業者に対してのアプローチが重要という話がありましたが、生産に関してはどのような取り組みがあれば広がっていくと考えていますか?
岡田
今回のみどりの食料システム戦略のなかで「オーガニックビレッジ」というキーワードがあり、自治体単位で有機農業を推進する方針が明確に打ち出されています。しかし、実際には地方自治体にはそれほど届いていません。有機農業が盛んな地方自治体は各地にありますが、そうしたエリアであっても、実際に生産、流通する野菜のほとんどは慣行農法なのが現実です。有機農業者はいまだマイノリティであり、地方自治体としてそこに合わせた施策を打つのはそれほど簡単ではありません。
私の考えでは、自治体単位ではなく「農業の団地」ぐらい、スモールなエリア単位での推進が望ましいです。こうした有機農業の団地には、有機農業の生産者、流通業者、レストラン、体験農場が集約されており、一体でブランディングがされているようであれば、まだ現実味があると思います。
小野
確かに、特に有機JAS農産物はほかの農産物との混在を避けるため、流通の過程でも置き場所を分けたり、ロットごとに帳票やシールを張るといった管理コストがかかります。以前私が勤めていたころは袋1枚1枚に有機農産物シールを張り、その数量もきっちり管理するというような事務作業が煩雑でした。
岡田
まさにそうした現場レベルの苦労は、行政には伝わっていないだろうと思います。現状では有機農業で使える資材や売り先も限られており、コスト負担が重たいです。有機農業の団地のように同一エリアで有機農業を推進すれば、資材や物流も無駄がなくなり、コストを下げられます。そうすれば売価を安く抑えられ、結果として消費者も手に取りやすくなるという好循環が生まれると思います。
ワタミファームがこれから
やっていくことは?
小野
ワタミファームとしては一時期全国で11地域まで拡大しましたが、2020年度に4農場から撤退していますね。今後はどのような展開を考えていますか?
岡田
撤退については今でも心残りの部分はあります。しかし、コロナ禍でそもそもワタミグループの主力である飲食が大打撃を受けて流通量が減るなかで、遠方にあり、なおかつ流通コストなどが大きくなる農場は持続的な経営が難しいところがありました。
一方で現在残っている農場については、生産を中心に採算は取れる見込みがついていますので、まずはその経済的な循環を成立させることの優先順位が高いです。
今まではグループ内流通が中心でしたが、昨年からは半数以上を外部販売に充てています。今後はさらにグループに頼らない自立的な経営を目指します。そのうえであまり拠点を増やさず、それぞれの場所で拡大を目指していきたいところです。
小野
有機農業に注目が集まればワタミファームを視察したい、連携したいなどの需要も高まっていくことが予想されますね。
岡田
付加価値の部分では体験事業や視察ツアーなどにも力を入れていきます。今までも株主優待の農場ツアーなどをやって生きているのですが、それもビジネスとして本格化させ、成田空港が近い山武農場(千葉県山武市)を中心にそうしたコト消費的な事業を拡大していきます。生産で採算が取れれば、コト部分は利益として乗っかってくるとみています。
半農半X的な需要もとらえて、いろんなサービスを提供していきたいですね。
また、世界では農地の炭素固定の価値についての議論も盛んになっています。経済的な価値に換算されてこなかった生物多様性への貢献など外的な評価要因が変わりつつあるなか、我々としても価値を発揮していきたいと考えています。
デザイン担当
浅沼美香(あさぬま・みか) デザイン事務所で15年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。その後はフリーランスとして一般企業などから制作業務を受託する。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。
監修担当
中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。水田の畑地化プロジェクト、農業参入企業へのコンサルティングなどを推進。現在は新規事業を企画・実行する部門とアグリメディア研究所所長を兼務。長野県諏訪市在住。
◇アグリメディアは企業や自治体との協業、コンサルティングを推進しています。お気軽にご相談ください◇