取材陣3人が降り立ったのは東京・霞が関。
お目当ての農林水産省は登録者数12万人超えの人気YouTubeチャンネル「BUZZMAFF 」(ばずまふ)をヒットさせるなど、最近注目を集めています。
省内で気になったのは各部署の「おすすめ」を紹介しているショーケース・・・
館内放送に出鼻をくじかれた!農林水産省の独自路線
小野
よろしくおねがいします!なるべく本音でお話しできるように動画や録音での記録はとらないようにします。まずお聞きしたかったのが、「みどりの食料システム戦略」の数値目標ですが、特に有機農業関係については急に想定外の数字が出てきたなという印象でした。これは2020年10月の菅首相の「2050年までにカーボンニュートラル(脱炭素)実現」の所信表明を受けて、それに合わせて作成したということでしょうか?
中井係長
いいえ、そうではないんです。もともと農林水産省では・・・・
小野
なんですかこの館内放送は?
中井係長
霞が関界隈で話題の農林水産省、午後のラジオ体操の時間です(にっこり)
小野
つまり他の省庁ではやっていない?
中井係長
農林水産省独自です(にっこり)
小野
えーと、皆さんはラジオ体操しなくていいんですか?
中井係長
だいじょうぶです。結構やっている人もいますけれど。
※以下 ラジオ体操第一のBGMでお読みください
農林水産省の独自路線に対する心意気を感じますね。ところで先ほど言いかけていましたが、首相発言を受けてではないということですか?国土交通省も同じく「国土交通グリーンチャレンジ」という脱炭素に向けた取り組みを表明していますが、足並みをそろえているわけではないと?
中井係長
農林水産省の独自の戦略です。
以前から気候変動による農作物への影響や担い手不足の深刻化などを受けて、持続可能性を高めるための戦略が必要だと事務方で準備を進めていたところでした。2050年カーボンニュートラル宣言は2020年10月26日でしたが、その年の10月16日には野上・前農林水産大臣から策定指示がでていました。
出典:農林水産省HP
小野
しかし、正直、日本の有機農業面積比率は全体の0.2%で、これは私が農業法人で有機農業に本格的に取り組んでいた2005年当時から15年以上ほとんど変化していません。
(参照:農林水産省 有機農業をめぐる事情)
農林水産省としても「有機農業推進」よりも「食料自給率」やTPPなどによる「関税削減」などの課題を重視して、既存農業を守ることに力を注いできた印象があります。
出典:農林水産省HP
中井係長
国際社会における環境への危機感の高まりとともに、私たち現場の職員としても本格的に取り組まなければと思っていましたので、今回の戦略で謳っているような持続可能な農業に向けての取り組みは自然の流れと受け止めています。
環境問題への危機意識はどこまで共有されている?業界団体への22回のヒアリングの結果?
小野
勘ぐってばかりで恐縮ですが、9月下旬には「国連食料システムサミット」が開催されました。このサミットには日本からも多くの食農関係の名だたる企業が賛同を示しています。
このサミットでの発言力を高めるために5月の段階でいそいで「みどりの食料システム戦略」を出したということではないんですか?要は実現性よりも数値目標ありきで作られているのではないかという印象を受けているのですが。
中井係長
「みどりの食料システム戦略」は農林水産業や地域の将来を見据えた持続可能な食料システムの構築が急務となっていることを踏まえて策定したものであり、国連食料システムサミットのために数値目標ありきで策定したものではありません。目標の実現性については確かにいろんなご意見をいただいています。策定にあたっては生産者をはじめとした関係者に対し総計22回のヒアリングを実施し、活発な議論を重ねてきました。
そのヒアリングにつきましても農林水産省HPで公開しています。
意欲的な目標数値ではありますが、おおむね皆さん「環境に向けての取り組みは難しい面もあるが必要なことだ」と理解いただいていると認識しています。
また、農業などの生産力向上と持続性の両立は、アジア・モンスーン地域諸国において特に重要な課題であると考えており、我が国の取り組みを積極的に発信し、技術を確立・普及させることでこれらの課題への対処に貢献できる可能性が大きいと考えています。
一定の理解を得られているということですが、既存の化学農薬、化学肥料については削減目標も設けていますよね。これまで厳しい安全性の基準を乗り越えるために試験を繰り返して証明してきた既存の農業資材を否定しかねない内容かと思うのですが、それに対しても抵抗はなかったと?特にネオニコチノイド系農薬については2050年までに50%削減と名指しで低減目標にいれています。
確かにネオニコチノイド系農薬はいくつかのメディア等で危険性を指摘されている一方で、そもそもかつてのニコチン系殺虫剤よりも安全性が高いという意味で「ネオ」を冠したはずです。農林水産省としてもその安全性をむしろ認めてきた側ではないのでしょうか?
中井係長
ネオニコチノイド系農薬が特に削減の必要があるという意味ではなく、あくまでの代表的な農薬という意味で書いています。化学農薬についての削減目標は環境負荷を軽減する観点から目標を定めています。
小野
私はもともと有機農業に3年半ほど取り組んだ後、農薬、化学肥料も必要に応じて使うという農法に切り替えて10年以上圃場を管理していますが、実感として有機農業の方が生物多様性への影響が少ないとか環境負荷が少ないということはないと思っています。慣行農法よりも有機農法のほうが環境負荷が少なくカーボンニュートラルに近づくというのは確かなことなのでしょうか?
肥料に関していえば、化学肥料は施用することで簡単に作物の収量を高めることができるため、農業現場で多用されてきた一方、農地への有機物の投入減少による地力低下や、過剰成分の環境への流出などの問題が懸念されます。化学肥料は原料の多くを輸入に依存しており、安定調達の観点からも化学肥料の使用に依存しない農業への転換が必要です。
2025年までに「100カ所のオーガニックビレッジ」構想は無謀では?
小野
もともと私自身が有機JAS農業から農業キャリアをスタートしたこともあって気になっているのですが、有機農業についての数値は2050年までに日本全体の25%を有機農地にすると。さしあたり2025年までに自治体単位でオーガニックビレッジ宣言、2030年までに200の市町村でとなっていますがこの実現性に関してはかなり疑問です。
(参照:みどりの食料システム戦略 オーガニックビレッジについては5P目参照)
曾我部係長
みどりの食料システム戦略に書いてあるのですが、本戦略では2050年に向けて化学農薬や化学肥料の利用の低減を推し進め、有機農業の割合も高めていこうとしているもので、いきなり有機農業を広めればそれでよし、としているものではありません。
進め方も、まずは現場の取組を体系化し、横展開していくことを進め、2030年には6万3千haまで有機農業を広めていくことにしています。オーガニックビレッジづくりは、これまで進めてきた個々の農業者の育成等に加え、市町村に主導して頂く取組を進めることで、農業生産だけでなく、流通や加工、販売なども含む一体的な取組を、2030年までに全市町村の1割程度で取り組んで頂きたいというものです。
しかし、そうなるとなんとために有機JASを取得するのか?ということになりますよね。私も管理責任者をしていましたがシールなどの表示管理、日報等への記載事項、そして第三者認証を得るための費用など有機JASを継続することはかなりのコストがかかります。そのコストを払い続けてきた農家からすると、そのコストを払わずに「オーガニックビレッジ」の枠のなかに入れてしまうというのは納得がいかないのではないでしょうか?
曾我部係長
有機JASを取得すれば、「有機○○」と表示して販売できるので、生産の取組みを伝えやすいわけですが、一方、マルシェなどで説明しながら販売し、表示以上にいろいろ情報を伝えるのであれば、わざわざ第三者の保証は要らない、ということもあると思います。有機JAS認証を取得するかしないかは、販売の戦略や個々の農業者の経営戦略によります。オーガニックビレッジ宣言は、市町村として、有機農業に取り組むぞ、と対外的に宣言されるもので、表示の話とは別です。
小野
例えばある市長がオーガニックビレッジに名乗りを上げて、議会や市民の支持を得て実現したとします。そうなると多分「わが市はオーガニックビレッジ」と直売所などで名乗ることになりますが、実際には市内に慣行栽培の農家もいれば、農薬化学肥料を使っていないけれども有機JASはとっていない農家、そして有機JASをとっている少数の農家もいる。直売所ではいろいろ売っている・・・という状況が生まれます。消費者に誤解を与えませんか?
曾我部係長 オーガニックビレッジを宣言した市町村では、有機農業しかやりません、ということを求めるものではありません。農業は多様で、色んな取組みがあると思いますが、その中で、有機農業も頑張っています、という市町村をつくっていきたいのです。ある種、モデル的な先進地域づくりを進めたいと思っています。
日本農業のブレイクスルーをもたらす技術革新は?
小野
そのあたりのことはこれからの連載で、生産者などにもインタビューしていきたいと思っています。施策に疑問をさしはさむようなインタビューになってしまいましたが、実際のところ農林水産省がこれだけの数値目標を掲げて意志をしめすことでアイデアやイノベーションが生まれて日本の農業がよりよく変わっていく可能性を高めるのかもしれないと期待しています。
最後に農林水産省として期待している最新技術にはどんなものがあるか教えていただけますか?
中井係長
よく言われるところですとドローンによる農薬のピンポイント散布、ビニールマルチを生分解性にする、温室の電化、水素化、それからBNI強化小麦はご存じですか?
小野
はじめてききます。
中井係長
BNIとは生物的硝化抑制という意味なのですが、要は肥料が少なくても生産性を維持する小麦のことです。こうした新技術の実現などをとおして「みどりの食料システム戦略」を推進してまいりますのでよろしくおねがいします!
浅沼美香(あさぬま・みか) デザイン事務所で15年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。その後はフリーランスとして一般企業などから製作業務を受託する。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。
監修担当
中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。水田の畑地化プロジェクト、農業参入企業へのコンサルティングなどを推進。現在は新規事業を企画・実行する部門とアグリメディア研究所所長を兼務。長野県諏訪市在住。
◇アグリメディアは企業や自治体との協業、コンサルティングを推進しています。お気軽にご相談ください◇