「なじみのない野菜」は
いかにして食卓へ定着するのか?
〜豊かな日本の食を支える種苗会社の挑戦〜

インタビュー・コラム
2026.06.16
浅沼美香
小野淳
浅沼美香 小野淳

日本の種苗(しゅびょう)会社は、世界市場において高い競争力とシェアを誇る隠れたグローバル企業たちと言えます。例えばブロッコリーの種子において、世界シェアの約65%をサカタのタネが占めています。他にもインドネシアにおけるキャベツ種子の70%をタキイ種苗が占めるなど、日本の企業が生み出した高品質な種子は、文字通り世界中の農と食を下支えしています(※農林水産省「種子をめぐる情勢」より)。

グローバル市場を舞台に熾烈な開発競争が繰り広げられる種苗業界において、独自路線を歩み、「新しい食文化の創造」に挑み続けている企業があります。1917年(大正6年)に創業、日本のミニトマト市場の先駆けとなる品種を開発し、世に送り出してきた老舗、トキタ種苗株式会社です。

同社は2009年から、本格的なイタリア野菜を日本の気候に合わせて開発・普及させるプロジェクト「グストイタリア」を手がけています。発足から15年、彼らはいかにして「なじみのない西洋野菜」を日本の農業界と食卓に定着させてきたのでしょうか。同社の開発普及室 普及課 佐藤 美貴(さとうみよし)氏とメディアシステム課 岩澤 義和(いわさわよしかず)氏にお話を伺いました。

トキタ種苗株式会社 開発普及室普及課 佐藤美貴

 

「国産イタリア野菜を日本の食卓に」グストイタリアの原点

トキタ種苗は早くから海外展開に積極的であり、イタリアをはじめ世界各地に研究・生産の拠点を構えています。「グストイタリア」の構想も、社長が海外拠点を飛び回る中で、イタリアの奥深い食文化に魅了されたことが原点です。「国産イタリア野菜を日本の食卓に」という目標を掲げ、2009年から活動を続けています。

「イタリア人は日本人の2倍以上の野菜を消費すると言われています。しかも色や形が多種多様で、味が濃くて美味しい野菜が多い。この価値を日本の売り場にも持ち込めないかと考えたのが発足の経緯です」(佐藤氏)

当時の種苗業界における品種開発は、農家にとっての「病気への強さ」や、流通業者にとっての「傷みにくさ」など、生産・流通の都合が優先されるのが常識でした。しかし、岩澤氏は「我々自身も野菜を食べる消費者の一員です。純粋に自分たちが食べて美味しいと思うものを売ろう、という思いが根底にありました」と語ります。

PHOTO:トキタ種苗

 

プロの料理人と農家を繋いだ「ヨロ研」の誕生

グストイタリアが初めに取り組んだロマネスコカリフラワー(品種名「ダヴィンチ」など)や、ピンツィモーニオ(野菜スティック)やオーブン焼きで食べる「フィノッキオ(フェンネル)」などは、イタリアでは当たり前の野菜ですが、当時の日本の環境では高価かつ食べ方の想像がつきにくく、生産者にとっても未知の作物でした。


PHOTO:Adobe Stock

「育種担当者が『これを作ってくれ』と種を持っていっても、農家さんからは『こんなの、どこで売るんだよ!』と言われて、喧嘩みたいになったと聞いています」(岩澤氏)

この膠着状態を打破したのが、「さいたまヨーロッパ野菜研究会(ヨロ研)」という地域の飲食店と生産者の連携構築でした。本場の味を求めるイタリアンレストランのシェフと、現状の農業に危機感を抱く若手農家、速度感を持って対応できるトキタ種苗が三位一体で取り組んだのです。シェフ側が出口として買い取りを確約することで農家の販売リスクを払拭したことが、現在の全国的な広がりを下支えしています。

PHOTO:トキタ種苗

食卓を彩る!担当者おススメ、個性際立つ3つの品種

需要が喚起されても、それが「農家にとって作りやすい野菜」とは限りません。普及の最前線に立つ佐藤氏と岩澤氏のお話からは、新しい野菜の定着における現場のリアルなジレンマと、それを乗り越えるための工夫が見えてきました。

効率化の壁に挑む、似て非なる唯一無二のハーブ「ルーコラ・セルバーティカ」

一般的なルッコラ(ロケット)と混同されがちですが、植物学的な分類も異なる多年草ハーブ「ルーコラ・セルバーティカ」。ゴマのような強い香りと辛味が特徴で、プロのシェフから熱狂的に支持される一方で、生産現場での定着には高い壁があります。

「農家さんのところへ行くと、『一回作ったけど、やっぱりやめる』という方が少なくありません。一般的なルッコラに比べて発芽に時間がかかるため、ハウス栽培でいかに回転させて稼ぐかを重視する農家さんには敬遠されがちなんです」(佐藤氏)

名前や風味の系統は似ていても、栽培上の性質は全く異なるこのハーブを、それでもシェフたちが指名買いするのは、他の野菜には代えがたい「唯一無二の風味」があるからです。ジェノベーゼソースのようにナッツやニンニクと混ぜたソースにし、熱いパスタと絡めても色落ちしにくく、特有のゴマのような豊かな香りがしっかりと楽しめます。

②現代のライフスタイルに刺さった「スティックカリフラワー」

近年、直売所や市民農園で爆発的なヒットとなっているのが「スティックカリフラワー」という新ジャンルです。その普及の火付け役となったのが、トキタ種苗が開発した「カリフローレ」でした。純白の花蕾と鮮やかな緑色をした柔らかい食感の茎のコントラストが綺麗で、自然な甘さを感じられるのが特長です。

カリフローレ

PHOTO:トキタ種苗

通常のカリフラワーは一部が傷むと価値が落ちてしまいますが、茎のおいしさを楽しむカリフローレは、伸びた茎をばらして必要な分だけ小分けにしてパッキング・消費ができる利点があり、現代の「個食化・小分けニーズ」に合致しました。また、紫カリフローレにレモンなどの酸を加えると一瞬で鮮やかなピンク色に変化する特性があり、SNS等でカラフルな「農家めし」として発信されるなど、視覚的なエンタメ性も人気の後押しとなっています。

PHOTO:トキタ種苗

紫カリフローレ

PHOTO:トキタ種苗

手前は茹でた紫カリフローレ、奥は茹でたあとにレモン汁をかけたもの

③現場の課題を解決する爆速の二刀流「早生ロマネスコ」

気候変動による猛暑への対策として注目されるのが、生育が早い早生(わせ)のロマネスコカリフラワーです。同社が新たに市場へ投入する品種「ガリレオ」は、これまでの常識を覆すポテンシャルを秘めています。

従来のロマネスコは冬野菜で栽培期間が長く、定植が遅れると寒さでダメージを受けるリスクがありました。しかしガリレオは生育が非常に早い「爆速ロマネスコ」であり、気象リスクを回避しやすくなっています。さらに最大の魅力は、がっちり締まった状態で通常のロマネスコとして収穫できるだけでなく、少し開かせてから「スティックロマネスコ」としても収穫できる「二刀流」の性質を持っている点です。カリフローレの育種チームの知見が活かされており、茎が伸びるため包丁で切り分けやすく、火の通りも早く、なおかつ大変味の良いという画期的な特長を備えています。

PHOTO:トキタ種苗

早生ロマネスコカリフラワー「ガリレオ」

 

種を売って終わりではない、地道な普及活動

「なじみのない野菜」を社会に定着させるには、種を売るだけでは終わりません。消費者に「どうやって食べるのか」を伝えるため、同社のメディアシステム課では自社でレシピを開発し、スーパーの店頭で使える手描きのものや写真入り、利用シーンで選べる色々なPOPデータをWEBで無償公開しています。

また、家庭菜園向けに販売されている「カリーノケール」などの種子袋には、赤と緑の2種類の種が意図的にミックスされています。袋詰めの工程は格段に複雑になりますが、「庭やプランターで育てた際、1つの袋で両方楽しめた方が消費者は嬉しいですよね」という岩澤氏の言葉に、生活者目線にこだわる同社の哲学が表れています。

多様性が生み出した「魅力的な日本の食」を守るには

日本の農業は今、人手不足により、いかに省力化し規格通りに稼ぐかが至上命題となっています。生産効率と品質を極限まで高めた品種の開発は、食料自給を支える上で欠かせません。

しかし同時に、規格の枠には収まりきらなくても、食卓が圧倒的に楽しくなる野菜を残していくことは、日本の食文化の豊かさを守るために必要不可欠です。

「売れ行きが少し悪くても、その野菜を愛して、刺さる人に届けたいと作り続けてくれる農家さんがいます」と佐藤氏は語ります。

また、新しい野菜、未知の食材への飽くなき探求心こそが、世界から大勢の観光客が「日本の食」を求めてやってくる魅力の源泉であることは間違いありません。効率化の波の中で淘汰されかねない「未知の味わい」に光を当て、農家と生活者の双方に伴走しながら新たな市場を切り拓くトキタ種苗。地道でありつつ遊び心にあふれた種苗会社の挑戦は、日本の食と農の未来に、鮮やかな彩りを与え続けています。

 

取材
小野淳(おの・あつし)アグリメディア研究所 客員研究員
株式会社農天気 代表取締役
NPO法人くにたち農園の会 前理事長
TVディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち、㈱農天気/NPOくにたち農園の会設立。著書に「東京農業クリエイターズ」など。

・・・

取材を終えて

最近は、効率的であることが良しとされる価値観が、ずいぶん主流になったように感じます。

農業も例外ではありません。効率よく同じ種類をたくさん作り、収量を安定させることは、農業経営にとってとても重要です。
限られた担い手で農業を支えていくためには、なおさらです。そんな中で、今回取材したテーマは「なじみのない野菜を、いかにして食卓へ届けるか」というものでした。

ロマネスコやフィノッキオ、セルバチカ。今でこそ見かける機会が増えましたが、確かに消費者としても最初に食べるには少し勇気がいりました。
それでも誰かが作り、誰かが料理し、誰かが「おいしい」と伝える。その積み重ねの先に、こうしたヨーロッパ野菜は少しづつ食卓に定着してきたのだと思います。

食べることも、きっと同じです。栄養価や価格はもちろん大切です。でも、それだけではないのも食の面白さだと思います。渦を巻いたカリフラワーに目を丸くしたり、レモンを搾った瞬間に野菜の色が変わることに驚いたりする。そんな小さな発見をしながら、調理法に悩んだり、食べ方を調べたり、少しうろうろしてみる。

遠回りすること。知らないものを試してみること。一見無駄に見えても、そういうことが案外記憶に残るし、後になってじんわりとした豊かさになるのだと思っています。効率だけを考えれば、作られる野菜も食べられる野菜も、少しずつ限られていくのかもしれません。でも、見慣れない形に驚いたり、初めての味に出会ったりする楽しさは、これからもなくなってほしくないと思います。

今回の取材は、そんな多様な野菜があることの面白さとありがたさを、改めて思い出させてくれました。

企画編集・デザイン
浅沼美香(あさぬま・みか)アグリメディア研究所 研究員
デザイン事務所で20年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。