農業がいま欲しい人材とは?
― 大規模化・法人化が進む中で変わる人材ニーズ ―

インタビュー・コラム
2026.03.19
浅沼美香
浅沼美香

日本の農業は、高齢化や担い手不足、耕作放棄地の増加といった課題が繰り返し語られてきました。その実態を示す基礎資料が、5年ごとに実施される農林業センサスです。

昨年末に公表された概要では、農業経営体数の減少が続く一方で、法人化が進み、耕地面積20ha以上の大規模経営体が保有する農地が初めて全体の5割を超えたこが示されました。

「大規模化が進んだ」という話ですが、農業経営の形が少しずつ変わってきていることを示していて、農地の過半が、組織的な経営体によって担われる構造に移行したということです。農業経営の重心は、少しづつ変わりつつあるようです。

2000年代に入ると、農政は持続可能性や国際競争力の強化を軸に再編されてきました。農業が抱える構造的な問題を解決し、持続可能な産業へと推進するべく、一般企業の農業参入が段階的に認められるようになり、農地は「守る」対象から、「動かし、活かす」対象へと位置づけが変わってきました。

制度が変われば、経営の形が変わり、そしてその変化は農業に関わる人の姿にも影響しました。制度が農地の流れを変えたように、経営の変化は人の役割を変えます。

農林業センサスや制度の流れから見えてくる構造の変化は、すでに現場にも表れ始めています。
今回は、その変化を、弊社アグリメディアの農業人材支援「あぐりナビ」の現場での実感を交えながらお伝えします。

 

現場に起きている変化

現場で長く採用支援に携わってきた担当者は、当時をこう振り返ります。

「10年前は、応募があれば“いつから来られますか?”でした。」

当時は慢性的な人手不足が続き、作業を回すことが最優先でした。面接や体験を丁寧に行う余裕はなく、「来てくれること」自体が価値だったといいます。一方で、社会保険や労働環境が十分に整っていない経営体も少なくありませんでした。

「ほとんどの農家は家族経営で、採用は“確保”が優先で、マッチングや育成までは考えられる余力はありませんでした。」

適性の見極めや育成の設計がないまま雇用が始まるため、定着せずに離職に至るケースが多かったといいます。
他産業ではすでに採用設計や人材育成の仕組みが整えられていく中で、農業界では家族経営を前提とした構造が長く続いてきました。そのため、雇用やマッチングの考え方が制度として整理されるのは相対的に遅れていた側面があります。

「採用が“確保”にとどまり、定着が課題となるなかで、農業界でも採用フローを見直す必要をとても感じました。」

担当者はそう語ります。
採用のあり方を見直し、マッチングや育成を意識した設計へと転換していくことで、定着率の向上という具体的な成果が積み重なり、現場の意識も少しずつ変わってきました。

また、人材の捉え方にも課題がありました。
「地域差はありますが、農業は地域の暮らしと不可分な産業です。だからこそ、外から来る人を迎えることには、自然と慎重さが伴っていたのだと思います。しかしそれは、外国人材の受け入れが進むなかで、外部人材への見方も徐々に変化していったと感じます。」

農業の現場は一様ではありません。地域ごとの文化や意識の違いも、人材を考えるうえで避けて通れない要素です。

PHOTO:Adobe Stock

任せられる人がほしい」という変化
かつて農業で求められていたのは、主に現場作業を担う人材でした。しかし、その空気は変わりつつあります。拠点が増え、常時雇用が増え、外国人材との分業も進むなか、作業だけを担う人材ではなく、現場をまとめ、育て、改善を回せる人材が求められるようになってきました。
担当者によると、

「まだまだ現場作業の担い手が欲しい農家さんが圧倒的に多いですが、今は、“任せられる人がほしい”という相談が増えています。」
依然として現場作業の担い手を求める声は圧倒的に多いものの、規模が大きくなるほど中核人材の必要性は高まります。

「大きな経営体ほど、現場を任せられる人、育てられる人が必要になります。だから面接で見るポイントも変わってきました。」
こうした変化を受けて、あぐりナビでは、現場でのミスマッチを減らすため、求職者の志向性

を次の4つに整理してマッチングを行っています。

「暮らし志向や独立志向の方が、いきなり法人経営に合うとは限りません。ただ、対話を重ねる中で方向性が整理され、結果として定着につながるケースもあります。」
単に人を紹介するのではなく、志向を整理し、役割との接点をつくる。そうした支援の積み重ねが、定着率の向上につながっています。

PHOTO:Adobe Stock

多様な人材が必要な時代へ
こうした変化の先に見えてくるのは、「人材の幅」が広がっているということです。農業は今、一つの人材像だけでは立ちゆかなくなりつつあります。

特に法人化や規模拡大が進んでいる経営体では、現場作業を担う人材に加え、チームをまとめる中核人材や、外国人材をマネジメントする役割が求められるようになってきました。一方で、地域の小規模経営や中山間地域では、農地やコミュニティを支える担い手が引き続き重要です。
すべての経営体がこうした段階に到達しているわけではありません。しかし、構造としては確実に役割分化が進み始めており、今後その傾向は強まっていくと考えられます。

その流れのなかで、これまで十分に活かされてこなかった人材層にも目が向けられるようになりました。女性が農業の現場で働きやすくなってきたのも、その一例です。かつては個人経営が中心で、更衣室やトイレなどの設備が十分でないケースも少なくありませんでした。

「以前から農業に関心を持つ女性は多かったと思います。ただ、受け入れ側の準備が整っていなかった。」
近年は、国や自治体が労働環境の改善を後押しする制度を広げ、雇用を前提とした整備が進みつつあります。受け入れられる現場は、確実に増えてきました。同時に、都市部を中心に「半農半X」のような関わり方を望む人も増えています。

「“農業で生計を立てたい”という人だけでなく、“農に関わりたい”という人も増えてきました。」

PHOTO:Adobe Stock

こうした志向は、大規模産地の中核人材とは役割が異なります。ただ、だからといって都市型や小規模の農と関わることの意義を過小評価すべきではないでしょう。地域によっては農地の維持やコミュニティの支え手として重要な存在になります。
農業は今、供給を支える組織経営と、地域を守る営み、そして関係人口を広げる入り口という、複層的な構造を持ち始めています。
まだ一部の動きではありますが、役割を分けて人材を活かす発想は広がりつつあります。

 

これからの農業人材

農業は、経営体数でいえば依然として個人農家が多数を占めています。しかし、農林業センサスが示すように、経営は拡大し、法人は増え、農地は集積しています。構造としては、確実に変わり始めています。

とりわけ主力産地では、現場を担う人材に加え、中核となる人材、育成を担う人材、地域とつなぐ人材など、必要な役割は広がり始めています。
ただし、その動きは一様ではありません。小さな農地には小さな農地に合った営みがあり、地域に根ざした農業には、その土地に合った担い手がいます。大規模経営が安定供給を支えることも、地域で多様な作物が続いていくことも、どちらも私たちの暮らしを支えています。
「人手が足りない」から、「どんな構造をつくるか」へ。農業は今、その転換点に立っています。

これからの農業人材とは、こうした構造変化のなかで、それぞれの役割を持って力を発揮する存在です。その多様な農のかたちそのものが、私たちの食の安心や、日々の食卓の広がりを支えていくのではないでしょうか。

PHOTO:Adobe Stock
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取材・企画編集・デザイン
浅沼美香(あさぬま・みか)アグリメディア研究所 研究員
デザイン事務所で20年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。