
日本の国土のおよそ6割を占める中山間地域。食料・農業・農村基本法35条において、「山間地及びその周辺の地域その他の地勢等の地理的条件が悪く、農業の生産条件が不利な地域」とされています。
生産性に課題があるとされながらも日本の耕地面積の4割、農業生産額においても4割を占める中山間地域の農業。日本の食料供給における規模や都市部の水源地となっている山間部の保全を考えるうえでも中山間地域農業は安易に切り捨てることなどできない、日本農業の未来において喫緊の課題と言えます 。
まずは、中山間地域とは何か、その主要指標などを整理しました。

都市部への人口流出が進み、地域によっては廃村も含めた存続の危機にある中で、どのような対策が可能なのか。あるいは、日本の農業において一定規模の消滅は避けられないと考えるのか。
今回は、中山間地域農業を専門に研究をしている農林水産省 農林水産政策研究所 政策研究調整官(首席) 新田直人 さんに聞きました。

農林水産省 農林水産政策研究所 政策研究調整官(首席) 新田直人 さん
中山間と都市部を行き来して見えてきた、中山間地域のリアル
小野:新田さんは以前、農林水産省で都市農業を担当されていたので、数年前からお世話になっています。印象に残っているのが、島根県で週末稲作を長年実践されていること。中山間地域農業をみずからやりながらの研究所での勤務、現在はどのようなお仕事をされているのですか?
新田:農林水産省関係の研究機関は大きく2つに分かれ、一つはつくばに拠点のある農研機構、もう一つがここ農林水産政策研究所です。農研機構は農業技術など理系ジャンルを扱う独立行政法人なのに対して、農林水産政策研究所は本省に付属する組織として政策を社会科学の視点から研究するという位置づけです。テーマは大きく3つ「食料」「農業・農村」「国際」とわかれていて、私は行政と研究の間の調整の仕事をしつつ、中山間地域の農村RMO(農村型地域運営組織)の研究も担当しています。
また、島根県の山間集落に父の実家の古民家があるのですが、親戚の多くは広島や大阪に出て空き家になってしまったので、この10年近く、私が週末に通って、家と田んぼの管理をしています。

小野:この連載ではいままで農地を集約して企業参入を誘致する農業団地の取組や畜産のDX、輸出の促進など、日本農業をあらたな方策や技術でより生産性高く、強くしていこうという取り組みを紹介してきました。
中山間地域においてはなかなか生産性向上といっても難しく、課題が多いという印象がありますが、ご自身の経験も踏まえて、どのようにお考えですか?
新田:中山間地域の水田は、1区画当たりの面積も小さく、傾斜もきつく、平地に比べると生産性は劣ります。荒廃農地も増えています。ですので、中山間地域の将来は厳しいという印象を持たれるかもしれません。しかし、各地の集落を歩いてみると、条件は厳しくとも農地がきれいに管理されている集落も見られます。
先日も、宮城県の山間集落にお邪魔してきました。農業法人や集落営農組織はないのですが、稲作専業農家、畜産農家、高齢農家、非農家などがうまく役割分担をしながら、農地を保全しています。
担い手不足の農地管理を効率化する「水系」区分
小野:とはいえ中長期的には、比較的若手など動ける一部の方に集落維持のコストが集中して負担が厳しくなっていくということには変わりがないようにもおもうのですが?
新田:岡山県真庭市の吉地区という人口150人、高齢化率50%の山間地で、集落の農地をどのように維持していくかという話し合いに、2年間にわたり、参加させていただきました。
「集落の農地をどうする?」と話し合っても、高齢化、荒廃農地の増加、鳥獣被害など、後ろ向きな言葉ばかり出てくる。「誰が担うか?」という話も、沈黙の後、比較的若い人に「お前やれ」ということになりがち。だから、若い人は話し合いに出てきたがらない。そんなジレンマを聞かされました。
「集落の農地をどうするか?」というのは、集落の人たちにとっては切実な問題でありつつ、自分一人で背負いきれる問題ではないのですよね。ならば、合意形成の単位をもっと細分化できないか、ということになりました。
そこで出てきたアイデアが「水系」でした。飲料メーカーのCMに「水はいのち」とありますが、稲作は個々の水田の管理とあわせて、共同の水管理で成立しています。吉地区の水田は、7haがほぼ一つに固まっていますが、実は水源のため池は3つあり、細かくは9つの水系に分かれます。隣り合った田んぼでも、水源が違えば、共同管理者は異なります。運命共同体である「水系」の管理にどれだけの仲間がいるかで、農地管理の負担は変わります。
そこで吉地区では、9水系ごとに、耕作者の数や年齢を点検し、誰が担うのかを決めていったのです。これは若い人の負担範囲が明確になり、合意形成が進む大きなきっかけとなりました。
小野:集落大くくりで話し合うのではなく、議論の範囲を明確にすることで、限られた人材で効率的に管理を行うことで持続性を高めるというイメージですね。でも、それにしても、人口減少・高齢化が進む中で、すべての農地を保全することはできないのではないですか。
新田:水系ごとに誰が担うのかを話し合うのと合わせて、水系ごとの管理レベルを変えるという話し合いをしました。具体的には稲作を継続していく農地と、粗放(そほう)管理に転換する農地に区分して、管理労力を減らしていこうという手法です。
粗放管理とは、牧草やソバなどの粗放作物を栽培する、森との境を刈り払い鳥獣緩衝帯にする、山に戻すなどの手法があります。

集落内を区分けしエリアごとに役割を決めて効率的に管理をおこなう「ゾーニング」
区分の議論から“地域資源”として再評価された、ため池
小野:その区分はうまく機能したのですか?
新田:水系ごとに農地や水路の状況を調べていったら、荒廃化が進んでいる水系では、U字溝が損壊して水漏れし、水が十分に得られなくなっていることが分かりました。「この水系を粗放管理に転換しては?」という議論になったのですが、同時に「管理負担や防災を考えると、ため池自体を廃止しては?」という新たな意見が出ました。
生き物に詳しい人から「最近、岡山平野にいるトンボがいる。トンボは止水域でしか産卵しないから、温暖化によって、ため池を伝って山の上に逃げてきているのではないか」「トンボが舞う米としてブランド化できないか」という意見も飛び交いました。
新田:真庭市の自然保護・観察拠点である「津黒いきものふれあいの里」の協力を得て、岡山理科大学の中村圭司研究室の学生や地元の小中学生と一緒にため池の水を抜いて生き物調査をし、さらにバケツ一杯の水から生き物の生息状況を判定する「環境DNA技術」を研究している神戸大学の源利文研究室の協力を得て、環境DNA調査を実施しました。
この結果、トンボ類16種、岡山県レッドデータブックに載っているオオタニシが発見されるなど、多様な生き物がいるということが分かりました。集落の皆さんには2週間にわたってため池の水抜きに協力いただき、希少な生物も発見されたことで、ため池を地域資源として活用していこうという方向性がまとまりました。
水系ごとの話し合いは、農地保全だけでなく、生物多様性の保全という観点からも重要なのではないかと思います。

「真庭市落合地域管理構想」での生物調査
関係人口は中山間地農業の「戦力」となるのか?
小野:真庭市のプロジェクトもそうですが、行政が支援することによって維持されているケースも多々あると思います。集落が存続するうえで、補助がないと困難なのか、それとも農業生産で経済的自立できるのかは大きな違いと思いますが。
新田:中山間地域といっても状況はまちまちですが、私の見てきた集落では、個々の農業者が独立しているのではなく、農業者間や非農家の協力で農地が維持されている例も見られます。
島根県の山間集落では、生産組合が粗放管理の手段として棚田にソバを植えています。組合では収穫機械を持っていないのですが、そばのブランド化が図られているので、別集落の大規模法人が刈取の受託をするなどの協力関係が構築されています。コンバインや乾燥機を持っていない小規模農家に替わって、稲刈りだけ受託する建設業者、すき間バイト的に草刈りだけ請け負う個人事業主などもいます。
つまり、小規模農家やその組織、大規模農家、非農家などが入れ子式に協力して農地を守っている、そういった側面もあるのではないかと思います。
小野:集落外の人材活用ということでは、最近は関係人口という言葉も一般的になってきました。
新田:農村の人口が減少していく中で、繰り返し同じ地域を訪問する関係人口は、農村に活力をもたらす人々として期待されています。関係人口は、商品開発やマーケティングなど農村部での人材不足を補ってくれるイノベーター、価値創出人材としての役割が注目を浴びていますが、一方で、もっと生活に密着して地域を維持する人材としての役割も指摘されています。
小野:確かに実際にやってほしいのは軽トラを自分で運転してモノを運ぶとか、機械を扱えるとか技術がないと、「農業に興味あります」という人がふらっときても、簡単な農業資材の片付けぐらいしかお願いできることはないですよね。関係人口にしても関わる人の技術自体を講習などで高める仕組みが必要な気がします。
新田:熊本県の阿蘇の野焼きは春の風物詩として有名ですが、草原の維持の上でも重要な役割を果たしています。とはいえ農業者だけでは継続できません。そこで、山焼きボランティアのマイスター制度があって、参加して経験を積むとランクアップしていくんですね。そうすると、関われる範囲が広がって、参加者の達成感も地域貢献度も上がっていくという好循環が生まれます。
小野:それは面白いですね。農村に行って汗を流して感謝されるだけではなく、自分がレベルアップしていくことも実感できる。最近のフィットネスクラブブームをみていると皆さんランニングにしても重量挙げにしてもできることが増えていくとドンドンはまっていきます。農作業や里山管理も認定制度があればかなり需要ありそうですし、産業化もできるのではないでしょうか?
加えてふるさと納税みたいに、うちの村には子どもと一緒に来て泊まれる古民家があるとか、飛び込める滝つぼがあるとか、ちょっとしたチャームポイントで都会から人を呼べそうです。
新田:そうですね、山焼きはどこでもできるわけではありませんが、中山間地域ではどこでも草刈りが大きな課題です。農地だけでなく、集落道、通学路、コミュニティ施設など草刈りが必要な場所は無限にあります。草刈りのスキルがあるだけで地域への貢献度は格段に上がりますし、副収入にしている人もいます。技術習得のための安全講習などを行政がサポートしている例もありますね。

デジタル技術で中山間地の負担を減らす
小野:スマート農業の中山間地域での活用はどうでしょう?
新田:真庭市では、スマート農業技術を使って、中山間地域の集落営農組織が農地をどう維持できるかという実証を行いました。トラクターからコンバインまで一連の機械を導入したのですが、1枚1枚が小さい田んぼでは、大型農機の導入には限界がありました。一方でドローンと自動草刈り機は効果的でした。現在、真庭市ではドローンで播種することで育苗、田植えのコストを大幅削減する実証を行っていますし、オペレーターとして若手の活躍が期待できる分野です。
そのほか、近年は全国の農地一筆ごとのデータの公開が急速に進んでおり、GISを使って管理することが可能になっています。農地の状況を事細かく知った高齢者と、UIターンなどの若手人材が協力することで地域主体での農地情報の管理を行うことができれば、農地管理も随分と効率化できますし、次世代への継承も可能になります。

80代男性と40代女性とで集落の地図づくり
個々の集落でおきている「小さな改善」こそが重要
小野:今日はおもいがけず中山間地域農業が思った以上に多様でユニークな取り組みも見られる話を伺うことができました。課題は多いですが、今後中山間地域農業を考えるうえで重要なポイントは何ですか?
新田:中山間地域全体の動向をマクロな視点で見極めること、それと合わせて個々の集落単位で起きている変化を把握して積み上げ行くことの双方が重要ではないかと思います。
今回は後者に限ってお話ししましたが、例えば私の実家の集落にしても50年、100年スパンで見た大きな変化もあれば、この10年間の人の出入りもあり、この変化の中で集落がなんとか存続しています。
今回、話題になった関係人口や非農家など多様な人材の活用、デジタル技術を使った世代間の知識や技術の継承などは大事な視点になってくるのではないかと思います。
インタビューを終えて
「限界集落」といった漠然としたイメージで中山間地域をとらえるのではなく、それぞれの地域、集落ごとの特性や強みを見極める。当たり前のことのようであるが、都会で暮らしているとついそうした視点を見落としがちです。
農業生産性や人材の確保については中山間地域だけではなく、日本農業全体的な課題ではありますが、特に都会と農村の2拠点居住をしながら、農業技術も身につけて活躍する「半農半X」人材が多く育つようなサポートプログラムができれば思いのほか多くの人が参加するのではないかと思いました。(小野)
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先日、日本三大秘境のひとつ、宮崎県の椎葉村を訪れ、椎葉村農林振興課にお話を伺いました。
この村では、森と畑を循環的に利用する「焼畑農業」が、いまも日本で唯一伝承されています。また林業や、標高1,000メートルを超える冷涼な山間部ではホウレンソウやトマト、花きの栽培も行われています。厳しい山間のこの村では、互いに助け合うことが必須、そうして山とともに生きる暮らしを守り続けてきたとのこと。
その「支え合う」という日常が、地域への愛着を生み、やがてUターンを呼び込みます。そして、長い年月のなかで育まれた文化や風景は、外からの人を惹きつけ、Iターンという新しい流れも生み出しています。
中山間地と一口に言っても、その姿はさまざまです。地域と関係人口、そして非農家の人たちが、それぞれの得意を生かし合いながら、ゆるやかにつながっていく。
そうした関係を国や自治体が制度として後押しすることで、多くの人にとってプラスとなり、これからの日本の農村や食の未来が、しなやかに変化しながら続いていくことを期待したいです。(浅沼)

取材
小野淳(おの・あつし)アグリメディア研究所 客員研究員
株式会社農天気 代表取締役
NPO法人くにたち農園の会 前理事長
TVディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち、㈱農天気/NPOくにたち農園の会設立。著書に「東京農業クリエイターズ」など。
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企画編集・デザイン
浅沼美香(あさぬま・みか)アグリメディア研究所 研究員
デザイン事務所で20年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。

