2024年8月「令和の米騒動」とメディアを騒がせる米不足が発生しました。南海トラフ地震の注意報による買い溜め需要や、新米の流通が本格的に始まる前の端境期に起こったことなどが原因で発生した短期的な米不足でしたが、スーパーなどの棚から米が消え、「一人一袋まで」という購入制限がかかるなど、主食である米が手に入らないという不安が日本中に広がりました。
しかし一方で、日本における米需要は下がり続けています。一人当たりの消費量は1962年(昭和37年)に比べるとおよそ半分にまで減っています。
政府は米の供給過多による値崩れの防止も考えて1970年(昭和45年)から一貫して減反政策を推進、また稲作農業者も減り続け平均年齢は68.6歳(2020年)という超高齢業界となっています。
そこに加えて、水田農業が生み出すメタンガスが気候変動に悪影響を与えていると国際会議で指摘を受けるなど、予期せぬ環境負荷の可能性も懸念されています。
稲作とともに米を主食として歴史と文化を築いてきた日本ですが、日本の米の未来はどうなっていくのでしょうか。
今回は、米農業に新たな風を吹き込もうとしている株式会社NEWGREEN代表取締役COOの中條大希(なかじょうだいき)さんにお話を伺いました。
株式会社NEWGREEN代表取締役COOの中條大希(なかじょうだいき)さん
山形県のまちづくり会社が「日本の米」をテーマに拡大したわけ
小野:虎ノ門にオフィスを構えていらっしゃるんですね。農業にはどのような形で取り組んでいるのですか?
中條:私たちはもともと山形県の庄内地方での「まちづくり会社」としてスタートしています。当初、力を入れていたのは教育やホテル事業で、私も農業経験が全くない中で2018年の農業部門の立ち上げから関わっています。ビニールハウスを使ってのベビーリーフを有機で栽培して流通させる事業を皮切りに、農産物の流通に取り組むようになりました。
東京にオフィスを構えるようになったのは「アイガモロボ」という水田における雑草管理ロボットの開発事業に取り組み始めたからです。東京農工大学内ベンチャーとして「有機米デザイン」という会社を設立して、ロボット開発とともに有機栽培(有機JAS認証だけではなく、栽培期間中化学合成農薬不使用、化学肥料不使用の栽培も含む)のコメの流通事業にも力を入れていきました。農業者のニーズに確実に応えることで、農業生産性を向上させることそのものに関わり始めたのです。今では全国のコメ農業者を中心に、多くの農業者とつながって事業をするようになりました。
2024年4月に株式会社NEWGREENに社名を変え、有機農業にとどまらず「日本の農業を世界のグリーン市場につなぐ」というミッションを掲げています。
水田内を自動で巡回し、水を攪拌することで雑草を防ぐ「アイガモロボ」
水田に囲まれたホテル「スイデンテラス」
乾田直播とバイオスティミュラントの組合せに大注目
小野:短期間で生産から、流通、農業機械開発、そしてグリーン産業と急拡大していますね。きっかけは何だったのでしょうか?
中條:私たちは有機農産物の生産から入っていますが、アイガモロボ事業に参入する際には、自社として水稲栽培の経験もノウハウもありませんでした。アイガモロボは水田の土を掻き混ぜることで水が濁り雑草が生えにくくなるというもので、特に除草剤を使わない有機農業においては、生産性向上に確実に役立つということが見えていました。また、実際に使ってくれる農業者とのやり取りの中で、有機米の販路に困っている農業者も多いこともわかってきました。そこで、ロボットを販売するだけではなく、ロボット開発・実証実験と同時に有機米の流通にも取り組もうと考えたのです。今年の有機米の流通量は目標を1,000トン(昨年は450トン)と掲げました。
全国の農業者と関わる中で、日本農業の大きな課題、農業者の人手不足、輸入資材への依存、環境負荷の軽減など、様々な問題に直面してきましたが、それらについて考える中で特に可能性を感じたのが、バイオスティミュラント資材とコメの乾田直播(かんでんちょくは)を組み合わせた技術でした。
小野:バイオスティミュラントは、農林水産省では「植物の生育を促進し、病害に対する抵抗性を向上する資材」と定義されており、農薬や肥料の軽減の観点からも近年注目されていますね。具体的にはどのような効果が期待できるのですか?
中條:有機ベビーリーフの施設栽培に取り組む際に、スタッフの多くが農業経験のない中で、肥料などの資材コストを下げるための勉強を色々していたところ、土壌改良資材にかなり有効なものがあることがわかってきました。その一つが菌根菌資材MYKOS®(マイコス)※1であり、ビール酵母です。これらを組み合わせることで根張りが格段に良くなることが分かりました。そして資材開発メーカーとの情報交換や実証実験を通して、複数のバイオスティミュラントを組み合わせた栽培マニュアルの確立に取り組んでいます。
今では全国の農業者への資材提供とフィードバックにより、さらに精度を高めることができています。バイオスティミュラント資材の販売は、弊社でも大きく成長している事業です。
※1米国RTI(Reforestation Technologies International)社が製造し、米州とEU以外のグローバルマーケットではバイオシードテクノロジーズ株式会社(東京都港区 代表取締役広瀬陽一郎)が販売する菌根菌資材。
小野:乾田直播という技術自体は以前からあるものですよね?今回、中部電力からの出資を受けるなど、なぜ今事業を加速させたのでしょうか?
中條:当社では「節水型栽培」と呼んでいますが、通常の乾田直播に加えて、「湛水」をしない(走り水等で水は与える)、もしくは限りなく湛水期間を減らす栽培方法をとります。小麦の栽培技術に近いものですが、従来の稲作では収量が減少してしまうなどの課題がありました。しかし、先ほど説明したバイオスティミュラント資材と組み合わせることで、生産性を大幅に向上できることが分かってきました。農業者によるYouTube動画などをきっかけに、「マイコス米」という名称で全国の米農業者から注目を集めたということもあります。
水田農業では、水の管理に多くの手間がかかります。田植え前に水を入れて土をなじませる「代掻き」、天候に左右される水量の管理、生育途中に根張りを良くするために水を抜く「中干し」など、毎日のように水管理の作業が発生します。この水管理は、優れた、そして素晴らしい技術であることは間違いないのですが、経営面積の拡大、また農業人口減少社会においては、全ての圃場でこの手間を掛けることは困難です。
乾田直播・節水型栽培では、水管理を大幅に省力化でき、耕耘と同時に種をまき、雨水と走り水によって収穫までの管理手間を大幅に削減できます。私たちの計算では従来の作業量から6〜7割減、従来、1人当たり管理できる水田面積は20ha程度が限界でしたが、乾田直播・節水型栽培では50haまで管理できる見込みです。2024年の結果では、収量も1反当たり8~9俵と、従来の栽培と遜色のない結果も多く出ています。稲作の生産性を大幅に向上させる可能性を感じています。
小野:確かに、私自身も全国の有力な農業者がこの1,2年でかなり乾田直撒による稲作にかじを切ろうとしている情報を目にする機会が増えました。
中條:ご存じの通り、日本の水田農業は高齢化と農業経営体不足が深刻化し、耕作放棄地の増加も問題となっています。有力な農業経営体には、水田を借りて耕作してほしいという依頼が多くありますが、人手不足のため、対応できない状況も散見されます。乾田直播・節水型栽培を採用することで、この状況は大きく改善されます。 当社でも、千葉県木更津市で5年間耕作放棄されていた水田で実証実験を行った結果、初年度で10a当たり6俵ほどの収穫を得ることができました。
この農法は、バイオスティミュラントだけでなく除草剤の使用も前提としているため、有機農業ではありません。しかし、当社と取引のある有機農業者の中には、新規圃場において節水型栽培を積極的に導入する方も多くいます。 有機農業だけに特化するのではなく、日本の農業の生産性を向上させ、且つ環境負荷の低いものにするために、様々な技術を組み合わせ、相乗効果を生み出していくことが重要だと考えています。
2024年度の収穫状況をみると既存の農法に劣らない結果が出ているという
日本農業の脱炭素化のカギを握る技術に期待
小野:農林水産省が推進する「みどりの食料システム戦略」(過去記事リンク)の観点からも期待されているのではないでしょうか?
中條:2024年6月に農林水産省の主導で「未来の米作り」対話という官民連携タスクフォースによる意見交換会が開催されました。この会では、まさしく米の輸出促進を視野に入れて、乾田直播とバイオスティミュラントを組み合わせて低コストで水稲を栽培し、価格的にも国際競争力を持っていこうという対話がなされました。 これからの国際市場においては、栽培方法においてもグリーン化が進められているかどうかが取引における大きな判断基準にもなってきます。その際に、やはり水田メタンの問題は障壁となって、この問題を解決しない限り、コメが国際的価値を発揮できない可能性もあります。このタスクフォースも継続的に実施していくことで、輸出促進につなげていく考えです。
NEWGREENの事業イメージ
小野:NEWGREEN社としては今後どのような展開を考えていますか?
中條:2030年の脱炭素(カーボンニュートラル)約50%実現、2050年の100%実現という社会目標は大きいと思っています。大手企業は当然取り組まないといけない。そこに日本の農業が貢献できるようにサポートしていきたいというのが大きな目標です。 節水型栽培はその手段として十分可能性があります。当社の顧客においては、経営面積が大きくなるほど、節水型栽培に取り組む割合は高くなっており、50ha以上の経営体では48%が節水型の栽培に取り組んでいます。今後、農業者人口が進むにつれて、省力化は必須になるため、将来的にはかなりの面積で取り組まれることになると考えています。また、実はアイガモロボを活用することで、湛水環境においてもメタンを大幅に削減できる可能性があります。
高齢化が進む日本の稲作は、これからさらに少ない人数で、より多くの命を支えていかなければならなくなります。私たちとしてはそれを実現させるべく、多くの農業者と情報を共有して生産性を高め、産業としての農業に貢献できるように国内も国外にも販売を進めていきます。
小野: 本日はありがとうございました。
写真提供元:(株)NEWGREEN
インタビューを終えて
一つの技術が農業そのものを変えるという転換点はいままでもいくつもありました。日本における弥生時代の水田の発明は日本社会そのものを生み出す推進力でしたし、化学肥料の誕生や、化石燃料を使った農業機械の誕生は多くの人を農作業から解放しました。イタリアではすでに「リザイア」という乾田による稲作が普及しており、日本にもその波が来ているのは間違いないことでしょう。
一方で里山風景に象徴される日本の水田は、治水や生物多様性など経済的な価値では測りづらい役割を担ってきたことも事実です。私たち自身が「主食」たる米を食料安全保障の観点と、日本社会を象徴する営みの観点と双方から見つめなおし、判断していく時が来ていると感じました。
取材
小野淳(おの・あつし)アグリメディア研究所 客員研究員
株式会社農天気 代表取締役
NPO法人くにたち農園の会 前理事長
TVディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち、㈱農天気/NPOくにたち農園の会設立。著書に「東京農業クリエイターズ」など。
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日本に水田が定着したのは、限られた農地で多くの人々を養えたからだそうです。
湧き水や河川の引水を利用することで、土壌も循環し連作障害を起こさず毎年同じ場所でお米を収穫できること、除草管理も畑に比べて容易であるなど水田は生産性が高い農法として日本では3000年以上重宝されてきました。
食料輸入が当たり前ではなかった時代、多くの人口を養うために非常に有効な栽培手法だったということです。
グローバル化が進み、私たちの食生活も地球環境も変化してきました。稲作に限ったことではないですが、それに伴って様々な新しい技術を取り入れながら、時代に合った日本の農業が各所で始まろうとしています。とても楽しみです。
企画編集・デザイン
浅沼美香(あさぬま・みか)アグリメディア研究所 研究員
デザイン事務所で20年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。