どうなる日本の農業<第2回>
農林水産省総括審議官 杉中氏に聞く「食料・農業・農村基本法」改正と日本の農業の未来

スペシャルリポート 2024.09.06
小野淳
小野淳

今年5月末に25年ぶりの改正となった「食料・農業・農村基本法」その改正のねらいと、これからの日本農業をどのように舵取りしていくのか?改正を担当した杉中淳総括審議官にお話を伺いました。

(所属・役職はインタビュー時点のものを掲載)

改正の背景となった「日本農業の課題」

小野: 杉中総括審議官、本日はよろしくお願いします。 総括審議官とはどんなお仕事ですか?

杉中総括審議官(以下、杉中審議官): 農林水産省全体の政策に関して情勢に応じて対応する立場です。忙しい時と暇な時の差が激しいんですよ。私自身のキャリアとしては過去には知的財産権とか、輸出促進法とか、最近だと種苗法の改正、投資円滑化法などを担当してきました。

小野: 食料・農業・農村基本法の改正においても、担当責任者とお聞きしました。今回の改正の背景をどのように見ればいいでしょう?

杉中審議官: 大きく3つ理由があります。
1つ目は、貿易の自由化が進んだことで海外との競争が激しくなったこと。効率よく安定した農業経営を作って海外と競争しよう、というのが改正のきっかけの一つでした。担い手への農地集積は6割を超えるぐらいに進められました。しかし、今回のウクライナ問題とかでも明らかになりましたが資材コストが上がった場合の対応など個々の経営はまだまだリスクに弱いです。
2つ目は、今までは豊かな日本を前提として必要なものは安価に輸入すればいいという考えでしたが、これからはそうはいかない。これは食料安全保障上大きな課題です。
3つ目は、人口減と高齢化で農業の担い手が減っていること。少ない人数で食料を安定供給する仕組みを作らないといけないんです。

小野: 改正のポイントとしてはどのような点が挙げられますか?

杉中審議官: 一番大きいのは、国民一人ひとりの食料安全保障を大事にするってことを、法律でハッキリさせたことですね。国民間の経済格差も広がっていますが、そういう観点が今までは農政にかけていました。食料自給率を上げるだけじゃなくて、フードチェーン全体で協力したり、農村の共同活動を守ったりすることも大事です。農村の共同活動って、特に水田農業を支えるのにすごく重要ですがそのコストを農村コミュニティが無償で担ってきています。いざそれが機能しなくなった場合、中山間地域の農道にしても農業用水にしても農業のためのインフラを誰がコストを払って管理するのか、そういった答えの出ていないことに向き合う必要があります。

小野: 農地の利用については、具体的にどんな計画を立てていくのですか?

杉中審議官: 各地域で、将来の農業を誰が担っていくのか、どういう作物を作っていくのかなどまとめた「地域計画」を2025年3月までに作ってもらっています。全国の市町村の計画を集約することで、日本全体の食料供給力ということが見えてくるはずで、それを元に今後の施策を打っていくこととなります。実は私はこの7月から経営局長に異動予定で、まさにその件を担当します。現場から見ると農地の担い手不足で耕作放棄地も増えているのですが、食料安全保障の観点からするとむしろ農地は足りていないはずなので、そのギャップを今のうちに少しでも埋めていく必要があります。

食料自給率、輸出促進…稼げる農業のありかた

小野: 基本法が定まった次には、どのような基本計画や関連法が出てきますか?

杉中審議官: 食料自給率についてはカロリーベースの指標自体は継続されますが、他にも目標を作って、毎年ちゃんと成果を公表するようにします。カロリーベースの自給率って、現状を把握するにはいいけど、中長期的政策がうまくいっているかどうかは、別の見方をしないとわからないんです。例えば、小麦とか大豆の国内生産は増えているけど、お米の消費量は減っている。肥料などの資材の状況はどうなのかなどそういうのを取り組みごとに評価していきます。そして供給力を高めるためにはやはり輸出の強化が重要です。

小野: 輸出を増やすための取組とは?

杉中審議官: まずは海外の厳しいルールに対応しないと。日本の食品安全とか農薬の基準って、世界的に見ると実は緩いんです。海外で売るにはもっと厳しい基準に合わせて作らないといけない。品目団体みたいなところが規格を決めて、量を取りまとめ海外に売り込んでいくなどの取組が必要です。いまは円安ですから高単価での販売もしやすい。輸出を前提とした農業参入するプレイヤーにも期待したいです。生産者だけではなく輸出事業者と協力しての市場開拓も必要です。

小野: 農産物の値段について消費者は敏感で、資材費が上がっても価格に転嫁しづらいという問題もありますね?

杉中審議官: 生産者の儲けがすごく少ないのが問題です。利益率でいうと3%ぐらいじゃないかと。来年は、コスト指標を作って、フードチェーン全体でコストを見直す予定です。それを「食料システム」と呼んでいますが生産、流通、消費者それぞれの連携が必要です。環境にやさしい農業というのを実現するためにもコストがかかるわけで、そこも理解してもらう必要があります。

まだまだ日本農業は改善できる、新たなプレイヤーへの期待

小野: 今後、どんな担い手の農業参入に期待していますか?

杉中審議官: 新しい技術やアイデアを持った人、農業の未来を真剣に考えてくれる人とか、いろんな人に来てほしいですね。一経営体で300~400ヘクタール耕作するなど技術的な進歩で効率化は進んでいます。輸出とかスマート農業の分野は、新しい技術やビジネスのやり方を持った会社が入ってくると面白くなると思います。大型トラクターやドローンなどの農作業の外注を引き受ける事業者も増えていくでしょう。

また食品業界も原料である農産物の安定調達が課題になるので、生産部門を囲い込んでグループ化していく流れももっと進むだろうと思います。お金を払えば買えるということではなく、ちゃんと生産に資本提供から参加するのが一般的になるように思います。あとは品種開発に関しては知財としてしっかりと開発者がリターンを得られるようにすることで開発するメリットも守らなければなりません。

小野: スマート農業に関してはどんな可能性をみていますか?

杉中審議官: スマート農業は、単に機械が人間の代わりをするのではなく、人間が機械に合わせていくっていうのが大事。例えば、機械が作業しやすい形状の品種や栽培方法を考案するなど、技術と現場が協力してやっていくことが重要です。稲作ではある程度進んだのでこれからは野菜、果樹においての技術開発が必要だと考えます。

小野: 食料システムというと国内物流の人手不足も深刻ですね。

杉中審議官: 2tトラックなど小さな単位で、北海道から東京まで持ってくるなどは効率がいいとは言えません。アメリカではトレーラーなどもっと大きな単位で運んでいます。大きなコンテナにのせて船で送るとか、電車で送るとか、まだまだ改善の余地があるはずです。

小野: 農林水産省として、生産者たちに伝えたいことはありますか?

杉中審議官: 限られた 国土をフルに使って、日本国内の隅々まで食料安定供給する方策を練って、国民の不安を解消していくっていうのが我々の仕事だとおもいます。生産者、農業関係事業者でも新しいチャレンジが生まれるためには、ちょっと尖った人も必要だと思うんです。そういう人たちの意見や要望を聞き取りながら、政策の見直しをやっていきます。基本法についても今回は25年ぶりの改正でしたが10年単位で軌道修正していくぐらいの方がいいのかもしれません。

小野: 本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

日本農業を産業として強く、国際競争力を持たせる施策を打つ一方で、産業としての農業だけではなく地域コミュニティや生活インフラを支えてきた農村社会のありかたについても目を配らなければなりません。人口が急激に縮小して攻めと守りのどのようにとっていくのか?まずは各地域がどのようにありたいのか「地域計画」による自己決定を集約するところから日本農業のグランドデザインが見えてきそうです。杉中審議官としては柔軟に軌道修正をしながら対応していくということでしたが、一方で戦略としては一貫したものが必要であり、大きな単位で業界を取りまとめて打って出るような取り組みには行政主導によるルールづくりも必要でしょう。