日本の青果流通の中心地はどこですか?と問われれば、「大田市場」と答える方は多いのではないでしょうか。年間の取扱額は野菜と果物だけで約3,000億円、ここで決まった価格は日本全国の市場の指標にもなっています。
まさに日本の青果流通の総本山といえる大田市場に新たな部会が設立されました。「大田市場活用型有機農産物新物流協議会」がそれです。「身近な売り場」「手ごろな価格」「見つけやすいパッケージ」を合言葉に有機農産物を普及させていく意欲的な取り組みです。協議会の代表を務める青果仲卸の(株)大治(だいはる)、代表取締役の本多諭さんにインタビューしました。
有機JAS制度がはじまって20年、しかしその規模は全体の0.6%
小野:実は私、いぜん大治さんに有機野菜を出荷していた時期がありまして。15年以上前になりますが、有機JAS制度※ができたばかりの頃でした。
本多:当社は有機JAS制度ができた2003年当初から有機農産物を取り扱っています。私自身、紀ノ国屋※に務めていた時期があったのですが、そこでは有機JAS制度がはじまる前から、プライスカードを緑にするなど有機野菜を差別化して販売していました。大田市場でも「個性化コーナー」という市場規格とは異なる出荷形態があって、活気があったのです。一定の需要があることはわかっていたので、「他にはないものがうちにはある」という差別化商品と位置づけ、「質販店」と呼ばれるある程度高単価でも質の良い商品が売れるお店向けに、20年間有機農産物を販売してきました。
※JAS法に基づき、「有機JAS」に適合した生産が行われていることを第三者機関が検査し、認証された事業者に「有機JASマーク」の使用を認める制度。農産物、畜産物及び加工食品は、有機JASマークが付されたものでなければ、「有機○○」と表示できない。
※紀ノ国屋 高級スーパーマーケット・チェーン。日本で初めての「セルフレジ式スーパーマーケット」とされる老舗。
小野:有機JAS制度ができたことで、メリットとデメリットの双方があると思っています。「有機農産物」「オーガニック」の定義や格付けが定まった一方、化学農薬や化学肥料を使っていないにも関わらず認証をとっていないために「有機野菜」と表示して販売できないなど、消費者にとってわかりづらくなった面があります。有機農産物をめぐるこの20年の歩みをどうみていますか?
本多:市場としてはつねに微増です。減ってはいないですが、大きく広がってもいません。有機農業は全農地面積の0.6%ほどと農林水産省は発表していますが、正式に有機JASをとっているところとなると0.3%ほどです。実際のところ大田市場で我々以外に有機を取り扱っている卸業者の存在は耳にしませんし、我々としても有機農産物は全取扱額の2%ほどにとどまっています。
出典:https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/
小野:そんな中、「みどりの食料システム戦略」※において有機農地面積を2050年までに25%まで拡大するという政策目標が農林水産省から提示されました。どう受け止めていますか?
本多:正直、現実味はないなと。25%という数字は「スーパーの有機野菜コーナーが拡大する」というレベルの話ではありません。ある時期の主要農産物はすべて有機であるとか、大規模産地がすべて有機であるという状態です。現状の延長線上では考えられません。
ただ、今まで有機農産物は健康志向というイメージが強かったですが、そこに環境志向というのも加わったので、今までとは少し違う流れかなと期待はしています。
消費者に選ばれていない有機農産物そのわけは?
小野:私自身もかつては有機農業をやっていて、有機JAS認証を取得する事務的な煩雑さやコストが最終価格になかなか反映できない難しさを感じていました。今では随分と改善されてきたという話を聞きますが、それでも微増にとどまっている理由はなんですか?
本多:消費者にアンケートをとると「有機の方がいい」と答える人は多いのです。しかし、結局、身近なスーパーで手ごろな価格で販売されていなければ買わないというのが現実です。では、有機野菜はどこで買えるのか?というと有機専門店か宅配です。ただでさえ栽培にコストがかかっているのに、消費者の手に届くまでの物流で大規模物流ではなくて宅急便を使ってさらにコストがかかって高くなってしまうこれでは広がりようがありません。その課題に取り組もうというのが「大田市場活用型有機農産物新流通プロジェクト」です。
小野:どのような取り組みですか?
本多:文字通り、大田市場の流通システムにまずは有機農産物を乗せてみようと。差し当たって茨城県の産地や生産者団体と取り組みます。今までほとんど大田市場には有機野菜は来ていなかったのですが、農林水産省の補助金も活用して取り組みます。それと同時に、消費者からみて明らかに「有機野菜だ」とわかるようなパッケージやブランドカラーも開発しているところです。
小野:そもそもの第一歩というところですね。確かに有機農産物にはJASマークが必ず記載されていますが、デザインもバラバラですし、一般消費者が気付くとは思えない表示です。さらに、価格の壁もあるとなれば難しいですね。
本多:市場の価格は需要と供給で決まります。年間を通してほとんどの野菜は供給過多が常態化していて、それは食材を安く安定的に提供するという意味では素晴らしいことですが、少しでも生産量が増えると一気に値崩れを起こします。小松菜が一束10円で売られるようなことも珍しくないのですが、そうすると農家は出荷すればするほど赤字になります。そのような状態で有機野菜を高く買って高く売るなどできるものではありません。有機野菜を適正価格で売ろうと思ったら、それ以外の一般的な農産物も、せめて農家が再生産可能な価格で取引される必要があると考えています。
小野:それはかなり大胆な、そもそもの市場のあり方を問い直すことになりますね。
本多:実際に我々は有機とは別に「東京野菜」というブランドで自社トラックを使った集荷を都内農家を対象にやっています。農協や組合からではなく、直接農家から約束をして買うわけですから、市場が10円のときでも、赤字覚悟でそれなりの価格で買い取らざるを得ないときもあります。そこで考えたのが企業広告付き野菜パッケージとか、企業と生産者と直接つないでお互いにメリットのある関係性を創りだす「千菜一遇 農en」という取り組みです。このやり方を有機にも適応できないかと考えています。
「ジャパン・オーガニック」ブランドで海外市場を視野に
小野:なるほど、消費者への販売価格に広告や企業イメージ向上などの付加価値をつけることで生産者に還元できる仕組みづくりということですね。
本多:新規就農を目指す人のなかには有機でやりたいという人も多いのですが、買い手がいなければいくらいい物を作っても売れません。私はよく生産者に「売れる野菜はなんですか?」と聞かれるのですが、私は「買い手のいる野菜です」とちょっと意地悪に答えます。特に有機であればそもそも市場出荷は厳しいわけですから、取り組む前に買い手を見つけて、確実に出荷できる状態で始めるべきです。私たちはそのお手伝いをしたいと思っています。
小野:「みどりの食料システム戦略」が公表されて、その制度に乗って自治体が助成金を受け取れる「オーガニックビレッジ宣言」する自治体が全国50カ所を超えました※2023年12月時点 今後、有機農業をめぐる状況は大きく変わりますか?
本多:残念ながら、多くのの自治体が取り組んでいるといっても、我々に直接相談があった自治体は1つだけです。市場には全く影響がない状態といっていいでしょう。繰り返しになりますが、生産だけ有機に変えても誰も得はしません。まずは売り先を確保して、市場と組んで物流を確保するところまでやらなければ意味がありません。
我々としてもそんな状況に一石を投じたいと考えて協議会を立ち上げました。輸出も拡大する必要があるだろうと「ジャパン・オーガニック」というブランドを立ち上げて海外での売り先確保にも積極的に取り組んでいく予定です。その際の「オーガニック」は有機JAS制度に乗ったもののみを扱うべきだと考えています。オーガニックの定義自体を拡大解釈する考えもありますが、しっかりと認証を受けている生産者を応援していきたいと考えています。
取材を終えて
多くの自治体が「オーガニックビレッジ宣言」に手を挙げながら、実際の出口戦略を具体的に立てていない可能性が高いことに衝撃を覚えました。本気で有機農産物の流通拡大を考えるのであれば、20年間大田市場で唯一といっていいほど有機農産物を扱ってきた卸業者に問い合わせて吟味すべきでしょう。我々の食の根幹を支えている「食料システム」の多くは市場流通に依存しています。まずはその根幹を理解したうえで「みどりの食料システム戦略」や脱炭素、あるいは脱農薬や化学肥料を語るべきだと改めて思いました。
取材
小野淳(おの・あつし)
株式会社農天気 代表取締役
NPO法人くにたち農園の会 理事長
1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち、2014年株式会社農天気設立。
東京国立市のコミュニティー農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に、忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。2020年には認定こども園を開設。
写真・デザイン・編集
浅沼美香(あさぬま・みか) デザイン事務所で15年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。その後はフリーランスとして一般企業などから製作業務を受託する。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。
◇アグリメディアは企業や自治体との協業、コンサルティングを推進しています。お気軽にご相談ください◇
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