大学生の発想が植物工場の常識を覆す!
世界初、植物工場でのエダマメ栽培に成功!

インタビュー・コラム
2026.04.14
浅沼美香
小野淳
浅沼美香 小野淳

気候変動や農業従事者の激減を背景に、天候に左右されない「植物工場」への期待が高まっています 。しかし長らく採算の壁に阻まれ、「果菜類やマメ科はコストと技術の面で実現は難しい」とみなされてきました 。
そんな常識を打ち破り、東京大学の矢守航准教授のラボが「世界初のエダマメ完全人工光栽培に成功」したというニュースは、関係者に大きな衝撃を与えました 。その後もレタス栽培の効率化を進める「光の新レシピ」や「光合成促進剤」など、世界が注目する新発見が続いています 。最先端のイノベーションを生み出し続ける秘密と、日本の持続可能な食農システムの未来について、矢守航准教授にお話を伺いました 。

東京大学 大学院農学生命科学研究科 矢守 航 准教授

 

植物工場といえばレタスなどの葉物中心で、採算面で厳しいイメージがありました 。
そこに「エダマメの安定生産に成功した」というニュースは大変な衝撃でしたが、先行研究でも難しいと言われていた壁を、どのように突破したのでしょうか?

実は、途方もない苦労があったわけではなく、ものすごく簡単にできてしまったんです 。当研究室の学生が「エダマメは鮮度が落ちやすいから、植物工場で作ってすぐ食べられたら面白い」と提案し、初年度であっさりと成功させました 。

マメ科は栽培期間が長く十分な光量も必要なため「LED植物工場では難しい」というのが学界や業界の常識でした 。実際、先行研究でも難しいとされていたのですが、その学生は「自分ならできる」と信じて挑戦したのです 。

具体的にはどのような工夫があったのでしょうか?

3種類の養液栽培方式を比較し、NFT(養液膜栽培)方式を採用しました 。さらに、一般的なレタス栽培で使うよりもやや強い強い光を当て、温度を少し低めに設定するなどの工夫をした結果、露地栽培を上回る収量を安定して得ることに成功しました 。驚くべきことに、甘味に関わる糖や健康機能成分であるイソフラボンの含有量も高く、品質面でも非常に優れていることが分かりました 。

当研究室では、これまでミニトマト、大玉トマトと栽培対象を広げてきましたが、今回のエダマメの成果は「植物工場は葉物中心」という常識を変え、次のフェーズに入ったことを示す象徴的な出来事だと思っています 。

業界の固定観念を、若い学生がいとも簡単に乗り越えたのは素晴らしいです 。先生の研究室では、トマトの栽培でも学生さんがユニークな光の当て方を編み出したそうですね 。

はい 。トマト栽培において海外企業などは強力な照明を植物の真上から当てる方法が一般的です。しかし、私の研究室の学生は、レタス栽培で使われる一般的なLEDを植物にぐっと近づけて設置する方法を考えました。さらに、トマトの茎を水平に曲げながらS字状に多段の棚へ誘引し、各層の側面にLEDを配置する「S字栽培」という方法を考案しました。この方法では、植物体の側面から光を当てることができるため、株全体に光が均等に届きます。その結果、葉の位置による光合成量のばらつきが大きく改善されることが分かりました。

植物工場 S字栽培実証

こうした柔軟な発想を育む上でも、リアルな体験は極めて重要です 。子どもの頃に、五感を通じて得た驚きや感動こそが研究へのモチベーションや、柔軟な発想につながるように思います。

私が出版した『美しいトマトの科学図鑑』も、植物の多様性や面白さを一般の方や子どもたちに視覚的に伝えたいという思いから作りました 。また西東京キャンパスでは地域の市民と連携し、親子での「農と食の体験塾 トマト編」などを実施しています 。現場でのリアルな手応えが、常識を疑って挑戦する若手研究者を育む土壌になっていると感じています 。

美しいトマトの科学図鑑(創元社)

 

光を使い分ける「光のレシピ」による栽培など、光合成分野でも世界が注目する新発見が続いています 。既存の栽培にも、新しいアプローチが広がっていくのでしょうか 。

単に光を強く当てるのではなく、「どの色の光を、どのタイミングで与えるか」を最適化するのが「光のレシピ」です 。 例えば、赤色レーザーダイオード(LD)という特殊な光源を使うと、従来のLEDよりも光合成の速度が大きく向上し、電力コストの大幅な削減が期待できます 。

また、普段の白色光に「遠赤色光(人の目には見えない光)」を適切なタイミングで組み合わせると、葉が大きく広がり、生育が向上することも分かってきました 。さらに、レタスを赤く色づかせる色素(アントシアニン)を増やすために、収穫前の一定期間だけ光の当て方を変えるといった工夫も行っています 。

作物ごとに最適な環境を設計する考え方は、今後の農業の生産性や品質を飛躍させる可能性を秘めています 。

農場内の遮光されたビニールハウスの中から世界的な研究成果が生まれている

猛暑などから植物を守る画期的な「光合成促進剤」も発見されたと伺いました 。一方で、こうした素晴らしい研究成果が日本で社会実装されるには、コストや時間のハードルが高いという課題もありますよね 。せっかくの研究成果も先に海外で先に実装され、商品化されたものを日本が逆に購入するなどということにもなりかねないと感じます。

はい、「逆輸入」への危機感は強く感じています 。私たちが発見した化合物は、強い光や高温といったストレス環境でも植物を守り、成長を促す可能性を持つものです 。 しかし、日本で安全性の評価を行い社会実装まで進めるには非常に多くの時間と費用がかかります。そのため、我々は敢えて特許をを取得せず、化合物の情報を広くオープンにして、企業に開発を委ねる形をとらざるを得ませんでした 。

日本は「0を1にする」基礎研究は世界トップクラスの力を持っています。しかし、その成果をを社会の中で育てていくための受け皿や資金がまだ十分とは言えないと感じています。

最後に、今後の展望や、ここ東大農場 西東京キャンパスの強みをお聞かせください 。

このキャンパスの最大の強みは、ICT農業や植物工場といった先端分野から、果樹、野菜、花卉まで、幅広い分野の研究者が一つの場所に集まっていることです 。

例えば、ドローンを使ったセンシング技術と、私の専門である植物生理学を組み合わせた研究も進めています 。 現場の課題を起点に、基礎研究から圃場での実証、そして社会実装へと繋げやすい点が、このキャンパスの大きな価値だと思います。

今後も光合成研究を軸とし、光や温度などの環境制御と作物の遺伝的特性を組み合わせた「栽培設計」をさらに発展させていきたいと考えています 。植物工場か従来型農業かという二者択一ではなく、それぞれの強みを組み合わせることで、気候変動下でも持続可能な食農システムの実現に貢献していきたいと思います。

取材を終えて

矢守先生が研究について語るときの楽しそうな笑顔が印象的でした。実際の研究に携わった学生たちの表情を見ても、知的好奇心と発見の喜びこそが大きな壁をも乗り越えるエネルギーとなっているのだろうと想像します。

一方で、多くの卒業生は研究を継続するのではなく、コンサルなど異業種に進むとのこと。世界に届く研究成果を出しながらも社会にそれがストレートに響き、相応のリターンがあるわけではない…という現実を見据えての進路選択でしょうが、日本農業にとっては大きな損失ではないかと残念な気持ちが否めません。大胆な発想と実現力をもった若者が活躍できる農業界をつくっていかなければ明るい未来はないでしょう。

取材
小野淳(おの・あつし)アグリメディア研究所 客員研究員
株式会社農天気 代表取締役
NPO法人くにたち農園の会 前理事長
TVディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち、㈱農天気/NPOくにたち農園の会設立。著書に「東京農業クリエイターズ」など。

・・・

今回のインタビューで印象的だったのは、これまで難しいとされてきた前提や思い込みを見直すことで、新しい栽培の可能性が広がっている点でした。植物工場ではエダマメのようなマメ科や、トマトなどの果菜類は難しいという認識がこれまでありましたが、そうした前提にあらためて挑戦することで実現につながっている点が興味深く感じられました。

私の中でも、トマトの施設栽培というと、上方向に伸ばす方法が一般的という思い込みがありましたが、ラックを活用し、S字に這わせることで光源を近づけるという考え方は、意外な盲点のようにも感じました。成長に合わせて光の角度を変えるなど、一つひとつは小さな工夫でも、その組み合わせが大きな成果につながることを実感しました。

必ずしも大規模な設備投資を伴わなくても、こうした視点の違いや環境設計の工夫によって、生産性や品質の向上につながる可能性があります。

また、こうした新しい知見や実践は、必ずしも広く共有されているとは言えない現状があることも今回の気づきでした。研究の成果が社会に反映されにくい構造が変わることが望まれますが、当社のように農業に関わる多様な現場や人と接点を持つ立場だからこそ、こうした気づきや事例を現場に届けていくことができるのではないかと思いました。

私自身も、思い込みにとらわれず、現場の小さな気づきや新しい工夫を丁寧に共有していくことで、農業界の広がりや活性化につなげていければと思いました。

企画編集・デザイン
浅沼美香(あさぬま・みか)アグリメディア研究所 研究員
デザイン事務所で20年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。