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CO2大幅削減、グリーン肥料の誕生!?

神奈川県横浜市にある東京工業大学すずかけ台キャンパス。テレビや光ファイバーなど私たちの暮らしの基盤となる数々の発明を生み出してきた日本を代表する理系大学で、学内ベンチャー企業「つばめBHB」は世界のエネルギー、肥料業界に大きなインパクトを与える技術開発に取り組んでいます。取締役 執行役員 ビジネス企画部門長の中村公治さんにインタビューしました。

ワンポイント解説

産業革命以前の人類は、人や家畜の糞尿を堆肥として畑に散布していた。人口が急激に増えた19世紀以降、より即効性が高い肥料を活用しなければ、食料生産が追いつかなくなった。肥料の三要素といわれる「チッソ」「リン酸」「カリ」のうち、生育の初期段階に効果をもたらすチッソ肥料は現在、アンモニアを原料としている。一説ではアンモニアがないと肥料製造がままならず農業生産量が激減し、世界の人口の3分の1は生存できなくなるとさえいわれる。
化石燃料から取り出した水素と窒素をもとに高温・高圧下でアンモニアを合成する、100年前に開発された製法を「ハーバー・ボッシュ法」という。

世界の食を支える100年の技術
「ハーバー・ボッシュ法」の課題

小野
ロシアによるウクライナ侵攻で、肥料の価格高騰が深刻になっています。足元では、肥料輸入を取り仕切るJA全農が肥料の販売価格を最大94%値上げすると発表して衝撃を与えました。基本的な肥料である「チッソ」「リン酸」「カリ」のうち、リン酸、カリについてはほとんど輸入に依存しています。

中村
チッソ肥料についても基本的には「尿素」(アンモニアと二酸化炭素の合成物)という形で輸入に依存していますし、国内製造の場合でも主たる原料として天然ガスを使っているので、元をたどれば国内の資源ではほとんど賄えていません。
一方、私たちの技術はチッソ肥料を製造する際に欠かせないアンモニアを輸入資源に頼ることなく、しかも低エネルギーで合成できるという特徴があります。

 


つばめBHBの中村公治取締役

 

小野
基本的なところから教えてください。そもそも、アンモニア合成技術は100年前に発明されてから基本的に変わっていないと聞きました。

中村
ドイツのハーバーとボッシュという研究者が作った技術で、アンモニアを工業生産する「ハーバー・ボッシュ法」(以下HB法)のことですね。これにより、アンモニアを原料とするチッソ化合物を使った「化学肥料」を増産できるようになり、世界の農業生産性が大幅に向上し、人口増加を支える食料生産が可能になったといわれています。私たちの肉体の4~5割はこのHB法によってできたチッソによって成り立っているともいわれています。

 

アグリメディア研究所の小野淳客員研究員

小野
1940~1960年代の「緑の革命」と呼ばれる農業革新の基礎となった技術ですね。そのHB法と、中村さんが手掛けるつばめBHBの技術の違いを教えてください。

中村
HB法のアンモニア製造施設は大規模であるうえ、大量に化石燃料を使うため、経済的に余裕がある国でなければ建設は難しいのが現実です。一方、食料生産を支える上で重要なアンモニアはとりわけ発展途上国で必要とされています。大いなるミスマッチが生じているわけです。

そうした問題と真正面から向き合ったのが、私たちの技術を開発した東工大の細野秀雄栄誉教授です。細野先生は、液晶テレビにも使われている透明酸化物半導体や鉄系の超伝導体技術などでノーベル賞候補になっている世界的な研究者ですが、「アフリカなど食の安全保障に課題が大きい地域で、アンモニアを安価に供給できる技術を生み出せないか」と考えました。世の中に本質的な貢献をしたいと思ったそうです。
その結果、細野先生は「エレクトライド触媒」を使い、低温低圧でのアンモニア合成を構想し、成功します。2012年に「ネイチャーケミストリー」に論文が掲載されました。

HB法ではないアンモニア合成技術であり、しかも安価で小規模な施設でもアンモニア製造が可能だったため、世界に衝撃を与えました。この技術の実用化を目指し、2017年に設立されたのが、つばめBHBです。

東京工業大学の細野栄誉教授が、世界で初めて合成を実現した、電子がマイナスイオンとして振る舞うエレクトライド(電子化物)。これにより、地産地消(オンサイト)でのアンモニア生産が可能になった。
写真はエレクトライド触媒の現物。水素と空気がこの触媒を通るとアンモニアガスが発生し、冷却すると100%の液体アンモニアとなる。

 

小野
世紀の大発見という感じですが、実際に産業として実装させていくにはどのような過程があるのでしょうか?

中村
弊社のプラント開発に向けて、一緒に動き出したのが味の素株式会社です。味の素のアミノ酸調味料は、サトウキビやキャッサバ畑でとれた糖を発酵させて製造するのですが、その過程でアンモニアを使います。味の素は世界各地の農場の近くに工場を作り、循環型の製造ラインをつくっていますが、アンモニアだけは外部調達に頼らざるを得ませんでした。そこで弊社技術に着目したのです。2019年、川崎にある味の素工場内に試験プラントを作りました。年間20t程度のアンモニアを作る小規模プラントで、非常に順調に動いています。
ここでの実証を経て、ビジネス化に向け、現在複数の案件を検討しています。2024年度にはアンモニア製造の本格稼働を予定しています。

 

▲川崎で稼働している試験プラント。年間20tのアンモニアを製造している

 

小野
なるほど。アンモニアは肥料以外にも用途が幅広いそうですね。

中村
現在進めている計画の中には、ラオスの水力発電所の横に小型アンモニア製造プラントを建設した上で、再生可能エネルギーを使った「グリーンアンモニア」を作り出し、肥料などに活用するプロジェクトがあります。
もっとも、脱炭素社会の実現に向けた取り組みが求められる中、足元では農業以外の用途でのアンモニア需要・要望が増えているのは確かです。海外の半導体メーカーなどから毎日のように問い合わせが来ています。

小野
つばめBHBの技術はHB法と比べて、より脱炭素社会に適した技術ということですね。「グリーンアンモニア」という考え方はいま初めて知りました。

中村
HB法は、天然ガスなどを原料とした水素と、チッソを使ってアンモニアを合成する技術で、製造時に大量のエネルギーが必要です。必然的に生産施設は大規模にならざるを得ません。加えて、主原料の天然ガスを燃焼させる際だけでなく、輸送、貯蔵段階のCO2排出量も少なくありません。試算によると、アンモニアに関わるCO2排出量は世界全体の1%に達するとされています。

 

 

▲年間3000t規模の小規模オンサイトプラントイメージ
人のサイズを見るといかにコンパクトなのかがわかる。原料である水素とチッソの製造装置を含め20m×30mの中にすべてが収まる設計

 

農業界はまだまだ反応が弱い、
乗り越えるべき壁とは?

小野
農林水産省の「みどり戦略」の中では、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の低減がうたわれています。日本の農業界は、もっとこの技術に注目して国産肥料開発に取り組むべきです。農業における御社のアンモニア合成技術のメリットはどういう点にありますか?

中村

1つは製造施設が小さいため、設備投資が10億円以下(アンモニア合成のみ)で済む点です。2つ目は地産地消です。HB法と異なり、必要な場所の近くで製造できるようになるため、輸送・貯蔵が不要で、CO2削減に大きく貢献します。

小野
農業分野で普及させるための課題を教えてください。

 

 

中村
まず、アンモニアの製造に欠かせない水素の安定調達です。再生可能エネルギーの電気を用いて水素を製造する場合は、アンモニア製造施設の近くに再エネの発電所を併設する必要があります。また、アンモニアの肥料化には、固形物にする製造施設も建設しなければなりません。一般的な化学肥料はチッソだけではなく、リン酸、カリを併せてペレット化したものを使うケースが多いので、リン酸、カリをどのように調達するかも課題となります。
理想をいえばこれらも輸入に頼らず、家畜糞などから取り出すことができると、農業が盛んな地域で肥料の地産地消が実現します。

小野
なるほど、確かに実際の使用を考えればNPK(チッソ・リン酸・カリ)がセットになって商品化されていなければ汎用性は低いでしょう。アンモニア製造の前後に別の工程が必要なんですね。肥料メーカーなどが本腰を入れてくれれば実現しそうです。

▲川崎の試験プラントで試作した硫酸アンモニウム。この状態ですでに肥料として使うことができる。

 

中村
仰る通りで、技術的には全く問題ありません。ただ、現物の肥料としていくらで販売できるかまで見えてこないと、関係者はピンとこないというのが現実だと思います。
我々としても、もうひと頑張りが必要だと感じています。農林水産省をはじめ関係機関にも働きかけ、肥料の国産化に役立てるよう取り組みたいと考えています。

小野
確かに、現場の感覚からすると「いくらで買えるの?」がとても重要です。国やJA、肥料メーカーなど長期戦略に立って投資してもらいたいです。

中村
ありがたいことに産業界では海外も含めてかなり弊社技術への注目度が高まっています。
国が進めるカーボンニュートラルの取組「グリーンイノベーション基金事業・燃料アンモニア サプライチェーンの構築プロジェクト」にも参画することになり、補助金を得て研究開発を進めることになりました。
この補助金は燃料アンモニアの研究開発のため、農業に直接関わらないのですが、アンモニアで動く農作業機などが誕生する可能性はあります。企業としての力をつけて事業拡大していくことで、当初の目標であった食の安全保障にも近づけると考えています。

 

内陸の農山村地域にアンモニア工場がある
未来社会のイメージ
→詳しくはホームページへ

 

 

デザイン担当

浅沼美香(あさぬま・みか) デザイン事務所で15年間、プロデューサー・デザイナーとしてウェブサイト、広告などを製作。その後はフリーランスとして一般企業などから制作業務を受託する。シェア畑の一利用者だったが、農業好きが高じてアグリメディアで働くようになった。「農×デザイン」に関心。

監修担当

中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。水田の畑地化プロジェクト、農業参入企業へのコンサルティングなどを推進。現在は新規事業を企画・実行する部門とアグリメディア研究所所長を兼務。長野県諏訪市在住。

◇アグリメディアは企業や自治体との協業、コンサルティングを推進しています。お気軽にご相談ください◇

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