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都市と農村の二拠点生活、コロナがもたらす変化と課題

ライフスタイルにあわせて、都会と農村を行ったり来たりする生活がじわりと広がっている。「二拠点居住」「多拠点生活」などと呼ばれ、関連サービスが目白押しだ。コロナ禍によって必ずしも都会に縛られなくなったことで、一気に花開いた観がある。実践する人たちの暮らしを垣間見ると、しなやかで合理的な考え方がのぞく。もっとも、国内全体でみれば局所的で、市場の底上げに向けた関係者の知恵が欠かせない。

新拠点がオープン

今年4月、長野県上田市に滞在型市民農園「信州上田クラインガルテン眺望の郷 岩清水」がオープンした。かなたには北アルプス、眼下には広々とした盆地を見渡せる山の中ほどにあり、100㎡前後の家庭菜園が併設する9棟で構成されている。契約期間は1年で、原則3年間(例外的に5年間)の賃借が可能。年間使用料は水道光熱費を除き1棟あたり56万円だ。「年40万円が平均相場」(業界関係者)だから少々割高だが、薪ストーブが全戸設置されるなど、都会人の心をつかむ仕掛けがうれしい。

運営するのは地元の上田市だ。同市・農産物マーケティング室の担当者は「今年1月に募集を開始したところ、49組の応募があり、書類選考で9組を選んだ。30代~70代まで幅広い。首都圏在住者がほとんどで、上田市と友好都市の関係にある東京都練馬区で広報した関係上、練馬区民の応募が多かった。全般的に現役世代はリモートワークの拠点として使いたいとの意向が強かった。その意味で49組もの応募があったのは、コロナ禍が追い風といえるかもしれない」と話す。

首都圏と行き来

埼玉県ふじみ野在住の高木康介さん(仮名、42)は以前から上田とつながりがあったことから、思いきって応募したところ、入居がきまった。都内に本社がある医療・介護系企業の経営者でもある高木さん。筆者が4月初旬の週末に現地を訪ねると、妻、10歳、7歳、3歳の子供たちと畑仕事に精を出していた。

 

「農業に興味があり、3年前から地元農家の農業塾に通ったりしていた。ここは暖炉があるのがうれしい。ピザを焼いたりできるでしょう。子どもたちが喜ぶんですよ」。月3回ほど、週末を中心に1泊2日程度でここを訪れる暮らしぶりをイメージしている。経営者だから対面の仕事は多いが、ときにはリモートワークを組み合わせてもいいと考えている。ふじみ野市の自宅から自動車を飛ばして2時間ちょっと。往来が難しい距離ではない。

埼玉県新座市に住む坂本重治さん(70)は、1年の半分ほどは長野県立科町の「立科町クラインガルテン」で過ごす。本職は東京都内の会社で働く水道関係の技術者だが、定年延長で働く身なので出勤は週3回ほど。「技術者だからモノづくりが好きなんですね。20数品目の野菜を育てています。滞在型市民農園歴はかれこれ10年になります。いままで新潟県小千谷市、茨城県八千代町、長野県佐久市で経験してきました。ここにきたら仕事のストレスも吹っ飛ぶんですよ」。1人のときもあれば、妻と2人、子や孫ら大勢で来ることもある。農閑期はピアノを弾いて静かにすごす。雄大な浅間山がお気に入りだ。

欧州が発祥

滞在型市民農園は一般的にクラインガルテンと呼ばれる(以下、クラインガルテンで呼称を統一)。夏季休暇が長いヨーロッパが発祥で、「レンタルできる小型の農園付き別荘」とイメージしてもらえればよい。「ラウベ」と呼ばれる40㎡ほどの小屋に、100㎡程度の農園が併設されている。ラウベでは雑魚寝すれば最大10人ほどが寝泊まりでき、家族や友人同士で都会の喧騒から離れ、農作業しながらのんびり過ごす。台所や浴室などは一通りそろっている。契約は1年ごとで最長5年まで延長できるのが一般的だ。

手軽さがクラインガルテンの特徴でもある。「別荘ほどおカネはかからず、かといって移住のような大きな決断は必要ない。元の生活が恋しくなればいつでも戻れる」(4月に長野県佐久市のクラインガルテンに入居した、東京都町田市在住の70歳女性)。

 

都市農山漁村交流活性化機構によると、クラインガルテンは全国に70カ所程度ある。多くは公設民営で、長野県がもっとも多く、次いで兵庫県の順。もともとは定年後のシニア世代の利用が主流だったが、ここにきて市場のすそ野が広がりつつある。

「コロナ禍によって地方でゆっくり過ごしたいというニーズが明らかに増えました。コロナ前と比べると問い合わせ件数は10倍近い感覚です」。クラインガルテン八千代(茨城県八千代市)の担当者はそう打ち明ける。隣には天然温泉があるのもここの魅力の1つで、20区画はすべて埋まっている。年間使用料は水道光熱費を除き40万円だ。

新しいサービスも生まれている。3月中旬、埼玉県深谷市にオープンした「ONE FARM深谷Works」は、「Agriculture(農業)」、「Work(労働)」、「Vacation(休暇)」をかけ合わせた”アグリワーケーション”という、珍しいコンセプトをかかげている。

洗練されたデザインのコンテナ型の植物栽培設備と、Wi-Fiが整備されたワークスペースが合体した「VEGGIE Works」は目玉の1つ。エアコンや換気扇を備えたワークスペースでリモートワークを行いながら、空いた時間で葉物野菜などを育てることができる。このほか、大型グランピングテントでアウトドアミーティングができる「インナーガーデン」、ピザ窯を使った料理教室などを開く「イベントスペース」を用意している。

「次世代農業をやってみたい」「リモートワークを施設やテントで満喫しながら楽しみたい」「家族を連れて週末余暇を過ごしたい」ーー。こんなニーズを持つ個人、法人の利用を見込む。ワークスペースの場合、ビジターの利用料金は1時間1000円から。テントサイトやピザ窯を利用できる月会費3000円のシルバー、水耕栽培のオーナーになれる月会費9000円のブラックなど多彩なプランがある。運営するグリーンラボ(福岡市)は「他の自治体からも問い合わせがきており、横展開していきたい」と話している。

関心層は高所得者

コロナ禍がもたらした”都市と農村を行き来する”という暮らし。どのような人たちがこのライフスタイルに関心をもっているのだろうか。今年3月中旬、アグリメディア研究所がシェア畑利用者1269人を対象に実施したアンケート調査をもとに、世帯年収と関心度について分析してみた。

「あなたは5年後、農とはどのような関わりをしていると思いますか」との質問に対し、「都会と地方を行き来する二拠点生活を送りつつ、農を取り入れた生活をしているだろう」と回答したシェア畑利用者の割合を年収別に割り出したところ、全回答者(1269件)では8%だったのに対し、世帯年収1500万円超の回答者(82件)では22.2%に達した。実に3倍近い差がついた。世帯年収500万円未満の回答者(362件)では7.5%にとどまった。

地域別では、上記の割合が川崎市(158件)と横浜市(211人)の在住者では6.2~6.4%だったのに対し、杉並区(47件)では15.2%、世田谷区(66件)では12.3%に達した。総務省の統計などによると、世田谷区の平均世帯年収は655万円、杉並区は570万円と全国平均(503万円)をそれぞれ上回っている。ここから読み取れるのは、二拠点居住と高所得者層の相性のよさだ。昨今の株高も高所得者層の財布のひもを緩める方向に働いている。生活にゆとりのある層が、農を取り入れた豊かな暮らしを志向している、といえる。

先述のクラインガルテン利用者、坂本さんは「年間の往復交通費と生活費の合計額は、年間利用料の倍はみておくべきだ」と話す。立科町のクラインガルテンの年間利用料は30万円なので、坂本さんの式を単純にあてはめると、交通費と生活費で60万円。ざっと100万円近くは毎年かかる計算だ。各自の懐事情にもよるが、たやすい額とはいえない。

手ごろな価格設定を

市場のすそ野を一段と広げるには、中間層にも手が届くサービスが求められるのではないだろうか。ドイツではクラインガルテンを年3万~5万円程度で借りることができる。ドイツではもともと住環境の悪い都市の低所得者層のために始まったサービスゆえ極めて安価なのだが、国情が異なるにせよ、本家から学べる点は少なくない。アグリメディア研究所では今後、海外事例の調査もてがけていく。

 

最後に、興味深い動きを紹介したい。

「世界を、旅して働く」をコンセプトとする定額制多拠点サービスのHafH(ハフ)だ。世界26か国、265都市、430施設の提携宿を料金プランに応じて自在に渡り歩くことができる。コロナ禍で必ずしも定住するが必要なくなった若者を中心に利用が伸びている。料金プランは4種類で、月1泊は月3000円、月5泊は月1万6000円、月10泊は月3万2000円、1か月泊は月8万2000円。農を取り入れたプランはないが、価格面をみても、多拠点を移動しながら暮らす新しいスタイルの敷居をぐっと下げる効果は期待できるだろう。

これ以外にも、友人・知人で農園付き住宅やクラインガルテンをシェアリングして1人当たりの価格負担を引き下げるといった取り組みにも、注目が集まるかもしれない。関連サービスに目を凝らしていきたい。

★編集後記★

◇長野県内のクラインガルテンで利用者の取材をしていた時のこと。66歳の男性が「自宅は埼玉県の浦和だけど、ここ1年はほとんど帰っていない。だってコロナが怖いもの」というので、「事実上、長野県民ですね」と返すと、「いや、僕は長野県民になれないんだ」と肩を落としていた。

◇いわく、クラインガルテンには住民票を置けないそうだ。ラウベには暖房も浴室も台所もあり、住むのになんら不足はないのだが、法律の壁があるという。ラウベは農地に建つ小屋であり、あくまで農園の付帯施設にすぎないと法律上は解釈されている。

◇これはほんの一例だが、農の世界にはことほど左様に奇妙な(?)慣習・法律がたくさんあり、素人には理解しがたい。先日出会った新規就農者も、行政から条件の悪い農地をあてがわれたといって憤慨していた。興味あるよそ者が気軽に入ってこられる世界になってほしい。

筆者略歴

中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 1985年兵庫県生まれ。日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、2017年にアグリメディア入社。水田の畑地化プロジェクト、農教育事業の立ち上げ、農業参入企業へのコンサルティングなどを推進する。現在は社長直下で新規事業を企画・実行する流通経営支援室のマネジャーとアグリメディア研究所所長を兼務。太陽光発電で売電しつつ、パネル下で農作物を生産する「ソーラーシェアリング」に関心。週末は100㎡超の畑で野菜を育てる農夫。ご意見等はkikaku@agrimedia.jpまで

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