AGRIMEDIA LABOアグリメディア研究所

凄腕農家がスマート農業を語る

スマート農業の”ぶっちゃけトーク”を聞きたいー。そんな思いから、アグリメディア研究所は茨城県下妻市で株式会社ライス&グリーン石島を経営する石島和美(64)にインタビューを申し込んだ。東京ドーム15個分の水田で米作りを展開する北関東屈指の農家で、農林水産省のスマート農業プロジェクトに採択されるなど公職ともかかわりが深い。「農家のためになるかどうか」を行動基準とする石島さんに、スマート農業について語ってもらった。(敬称略)

◇◇◇

インタビュー開始早々、「きみはスマート農業をどう思う?」と逆質問をうけた。「未来の農業にはとても大切だが、取材していると割り切れない面もある」と答えると、ニヤリとされた。

「なるほど。いい視点だ。ではまず、スマート農業の意義から説明するね」

ことばがシンプル。そんな人柄に惹かれてか、取材中も県職員や農業団体職員がひっきりなしに相談にくる。いわゆる地域の篤農家(とくのうか)だ。

「記憶より記録。スマート農業の意義はそれだ。農業経営は、記録するという当たり前のことがなかなかできなかった。日誌ひとつとってもそうだね。従業員が増えるほど記憶より記録が大切になる。スマート農業の大事なところだよ」

家族経営なら勘に頼った農場運営でもそれほど問題ない。だが、規模が大きくなり、従業員を雇用するレベルになるとそうはいかなくなる。作業内容を的確に指示し、成果を出してもらうツールが必要となる。

「たとえば、ぼくが使っているアプリと連動する農業機械のシステムだと、農業機械の行動履歴が一目瞭然なんだ。第二圃場への移動時間もわかるし、そこでの実作業時間もわかる。昨年と比べて、移動時間が早くなったとか遅くなったとかもわかっちゃう。作業が何時に始まり、何時に終わったか、どういう除草剤を使ったとかもね。これがスマート農業の基本。みんな、スマート農業といえばすぐ自動運転とかに目が行きがちだけど、大事なのは作業記録なんだよ」

重要な発言だ。スマート農業といえば、たしかに広大な農地を無人農機が走り回っているような、なんとなく近未来っぽい姿をイメージしたりする。だが、本来は作業記録を蓄積して業務改善を図るという、地味ながら縁の下の力持ちの存在にも目を向ける必要があるという指摘だ。

「以前は地図に手書きで書いていたね。圃場がどこにあり、どこは田植えしたとか。米は早稲(わせ)、晩稲(おくて)という収穫時期の異なる品種があるのだけれど、『あれ植えたのはどっちだったかな』となったりしていた。いまは隔世の感があるね」
「なんでも自分でできることはやらないと、農業者はやられてしまうよ。農業者は勉強しないとだめ。勉強とは興味を持つこと。それだけだね。昔と違って農業は作物を育てるだけじゃできない時代になっているから」

ここで突然、石島が「だけど」と言い出した。作業記録だけではスマート農業は不十分という。では、なにが鍵を握るのか。語り口は一段と熱を帯びる。

「作業の見える化がまず第一。だけど、見える化だけではダメ。集積、集約した農場をつくらないといけない。これが大切なんだ」
「農業機械からみると分かりやすい。自動で動く農業機械には、水田の幅が最低30mは必要なんだ。でないと自動では動かない。GPSやセンサーでの計測がそれ以下ならうまく機能しないわけだ。30m幅の水田に整備するには、権利者が集約された農地でないと国から費用が出にくい。ここを理解しないと、スマート農業といっても、高単価な農業機械を購入する過剰投資で終わってしまうよ」

農地の集約を進めるために、農地の貸し借りをスムースにすることが不可欠と石島は主張する。だが、日本の農地は権利関係が複雑で思うように賃借は進んでいない。多様なステークホルダーとの調整には積極的に汗をかくべきだという。

「地権者が分散している農地を地域ぐるみで交換しあう制度を僕たちはよく利用する。肝に銘じているのは、大規模農家の都合を優先させず、小さな農家の意見にも耳を傾けることだ。地域との話し合いの結果、借り受ける農地を1農家ずつ確定させていくのだが、小さな農家が『この農地でやりたい』といえば、優先的に提供してあげるんだ。そこはスマート農業を入れなくてもいいじゃん。なんでも効率的にやれ、機械でやれっていうと、生きる楽しみがなくなるひとが出てくるよ」

石島が作っている米は水を地域で共同利用するだけに、ある種のフェア精神が欠かせない。スマート農業を実践する石島は地域で抜きんでた存在だが、「自分さえよければ」というエゴを前面に出すと、うまくいかなくなることを体験的にわかっている。これは農業参入する大企業などが忘れがちな視点だ。

「僕らがスマート農業を導入して経営としてやっていくのは当たり前だよ。だからといって、売上が少ないひとをなんで排除するの。農地をただ大きくするだけじゃなくて、小さな農家ゾーン、大きな農家ゾーンを作らなきゃな。棲み分けをちゃんとするんだ」

バランス感覚と冷静な視点。スマート農業の関連機器に対するスタンスもまた、現場に根ざした石島らしい。

「たとえば、コンバイン。収量がわかる機能がたいへんありがたい。さきほど言った記録につながるからね。一方で、食味や水分量などがわかる機能もあるが、それは意味ある?値段が上がっていくオプションはいらないよ」
「田植え機もそう。200mの水田を直進できる機能は作業員を精神的にとても楽にするんだよ。自動で直進する間、後ろを振り返って作業の進捗などを確認できるのもうれしい。でも、Uターンするところは色んな障害物があるから人が運転した方がスムース。メーカーが薦める全自動はいらないでしょ」

石島いわく、農機メーカーとの付き合い方は”是々非々”。現場のためになる機能は褒め、逆に不要な機能は徹底的に削ぎ落してもらう。コスト意識は強く持つのは、経営の持続性の観点からも当たり前だ。そんな、いい意味での農家とメーカーの緊張関係がスマート農業を次のステージに導くという考えをもつ。

最後に夢を語ってもらった。

「どんどん米を輸出したい。日本の米は美味しいから、アメリカで受け入れられる余地は大きい。減反なんかしているから、みんな農業をやめちゃうんだ。田んぼは田んぼとして活用して米作ればいい。海外にもっと出すんだ。そのためにスマート農業を活用していきたいね」

記事担当

中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。水田の畑地化プロジェクト、農業参入企業へのコンサルティングなどを推進する。現在は社長直下で新規事業を企画・実行する部署のマネジャーとアグリメディア研究所所長を兼務。

 

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