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シェア畑開発担当者が語る 「生産緑地2022年問題」 本当の論点

今年は都市農業にとって特別な年だ。

「生産緑地の2022年問題」をご存知だろうか。

都市近郊にある農地(=生産緑地)を守るため、30年前に時限的に制定された法律が今年期限を迎え、都市近郊の街のあり方が節目を迎えている。

サポート付貸農園「シェア畑」の開発責任者で、都市農業の動向に詳しい野田和義に現状と今後について読み解いてもらった。

都市部の生産緑地が期限切れのタイミングで一気に転用され、宅地が大量に供給される。それが都市近郊の住宅市況のダブつきを招き、地価が暴落するのではないかーー。生産緑地の2022年問題といえば、このように解説されることが多いのではないでしょうか。日常的に都市近郊の農家(=地主)と接点をもつ私の体験で申し上げると、この見立てには首をかしげざるを得ません。

生産緑地としての税制優遇等を10年間延長することを可能にした「特定生産緑地制度」(2018年制定)が機能し、大きな変化は生じていないからです。10年延長できたことで、売る必要のない地主は当面売らずにすみ、地主の間ではひとまず安堵感が広がっています。

土地の資産性が高く相続税が高額になりやすい都市近郊の特殊性も、「10年延長しなくては」という地主の心理を後押ししています。都市近郊の地主は代替わりの際に相続税の納税猶予という税の優遇措置を受けているケースがあるのですが、農業を辞める(=生産緑地を解除する)とこの優遇措置が切れ、たまっていた相続税を納付しなければなりません。

また、「農業は継続するものの、10年延長はしない」と選択した場合には、固定資産税と都市計画税が大幅に増えるだけでなく、次の相続時に相続税の納税猶予を受けられなくなってしまいます。このような背景から、多くの地主にとっては10年延長は必然だったといえます。

結果として、令和4年3月時点で対象となる生産緑地の88%が特定生産緑地の指定済み、または指定見込みとなっています。

そう考えると、2022年を境に生産緑地が急速に姿を消し、都市近郊が住宅用地であふれかえるという説は、不動産業界の思惑と、それを受けたメディアのあおりによるところが大きかったと思います。もっとも、これは個人的な感想ではありますが、「生産緑地の2022年問題」という言葉の流行は、都市近郊の地主やその家族が「今後、農地をどうしていくか」を真剣に考えるよい機会になったと感じています。

「生産緑地の2022年問題」はひとまず区切りを迎えたものとし、ここからは「都市農地を将来に向けて残していくにはどうすべきか」について考えてみたいと思います。

シェア畑の開発を通じて多くの地主と対話してきましたが、都市農地の減少に歯止めをかけるのは難しいと感じています。都市農地の減少には、後継者不足など複数の要因が考えられますが、最も影響が大きいのは、先ほど言及したように、相続の際に生じる相続税の支払いです。

私が直接見聞きしたこんなエピソードを紹介します。

●都内に住む40代男性のAさんは代々の農家の生まれで、祖父が2反の生産緑地を保有していた。高齢になった祖父が農業を引退してからは、会社勤めのかたわら週末農業を行い、先祖代々の農地を守ってきた。

●農地を有効活用できる貸農園には以前から関心があり、アグリメディアに運営管理を任せる形で貸農園の開設を検討していた。

●Aさんは「(祖父が亡くなれば)相続税の支払いに充てるため、いくらか農地は売却するかもしれないが、貸農園を開設するには十分な農地が残せるはずだ」とみていた。

●だが、土地の税制はことのほか複雑で、Aさんの思うようにいかなかった。祖父の死後、相続税額が想定する以上に高いことが判明し、ほぼ全ての農地を手放さなければならなくなった。

●気落ちしたAさんの声が忘れられない。「自分の幼少期の思い出が詰まった大切な農地なので、できる限り残したいと思っていた。祖父もそれを望んでいたが、本当に無念です。都会では農業は続けられないということですかね」

Aさんのように、相続のために泣く泣く農地を手放すというケースは、私の経験からみても実に多いです。

もちろん、国は手をこまぬいているわけではありません。これまでも、先述の相続税の納税猶予制度のほか、都市農地貸借円滑化法などで都市農地を維持しやすくする対策が講じられてきました。「相続税を支払うことはできるが、農業の後継者がいない」というケースには、第三者に生産緑地を貸しやすくする円滑化法で対応できるようになりました。円滑化法の制定以降、「貸農園にできないか?」という地主からアグリメディアへの問い合わせは増えています。

とはいえ、都市近郊の地主は農地以外の不動産や金融資産をもつ資産家が少なくありません。ひとたび相続が発生すると莫大な相続税の負担を求められます。このため、都市農地を「現金化しやすい相続用の資産」と考える地主は多く、いまの制度のままでは代替わりするたびに都市農地は確実に減ります。農地にかかわる相続税を免除するだけでは対策は不十分なのです。

将来に向けて都市農地を残していこうと考えるのであれば、相続税に関するさらなる制度改正や、自治体による戦略的な農地の買取りなどの施策が必要なのではないでしょうか。

これが農地の維持を最大のミッションとしてきた私の思いです。(了)

〈筆者〉野田 和義(のだ・かずよし)国内製薬会社の医薬情報担当者(MR)として10年間勤務した後、アグリメディア入社。シェア畑のマーケティング・運営に関わった後、2018年以降は新規農園の開発を担当。多くの農地所有者と接点を持ち、課題解決のためのコンサルティングを行う。

〈編集〉中戸川 誠(なかとがわ・まこと) 日本経済新聞社の記者として10 年間、BtoC企業、エネルギー問題、農業政策などを取材後、アグリメディア入社。農業参入企業へのコンサルティング、自治体や企業との農ある街づくりプロジェクトを推進。現在は新規事業を企画・実行する部署のマネジャーとアグリメディア研究所所長を兼務。

◇アグリメディアは企業や自治体との協業、コンサルティングを推進しています。お気軽にご相談ください◇

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